辻堂魁さんの文庫書き下ろし長編小説、『夜叉萬同心 風雪挽歌』(光文社文庫)を入手しました。
目的遂行のためには手段を選ばぬやり方から、「夜叉萬(やしゃまん)」と呼ばれ密かに恐れられている、北町奉行所の隠密廻り方同心、萬七蔵(よろずななぞう)が活躍する痛快時代小説シリーズの第七弾です。
北町奉行が異例の若さで定廻り同心に抜擢したのは、萬七蔵、三十五歳。袖の下を使った出世だと噂が広がる中、深川の貸元が何者かに殺害される。あと一歩まで下手人を追い詰める七蔵だったが――。まだ夜叉萬と呼ばれる前の七蔵が取り逃がした凶悪な男と再び対決。侍の世の不条理と、敵への憐憫と、人の心に巣食う何かをも斬る。夜叉萬の始末が胸を抉る傑作小説。
(カバー裏の内容紹介より)
本書では、三十五歳の若さで定廻り同心に抜擢された七蔵が最初に出合った難事件が描かれまています。享和元年(1801)の夏の終わりのことでした。
洲崎弁天へと延びている土手道で、大島町の貸元・岩ノ助が辻斬り強盗に遭うという事件です。亡骸の傍らの血溜まりには胴体から離れた首がちょこんと置かれていました。
七蔵は三十五歳で、意外な、と周りの陰口がうるさい中、定廻りに抜擢された。
以来、見廻り分担の町家で起こった事件の探索には、やくざや無頼な博奕打ち、破落戸同然の地廻りらが幅を利かす盛り場や裏町に自ら乗りこみ、そこで訊き出した差口、噂、評判をたどって事件を追う泥臭い手口を使った。
通常、定廻り自らが、そのような泥臭い探索はやらなかった。(『夜叉萬同心 風雪挽歌』P.8より)
定廻りは、やくざや破落戸同然で、裏の道に詳しい御用聞き(岡っ引き)や手先を使っています。手先に下手人捜しをやらせて、手先が探り出してきた、云々の一件はこいつが怪しいようで、という差口をもとに、町奉行所より捕り方が出役するというのが、定廻りの常法でした。
七蔵は、自分でやらないと気が済まない気性から自分で行いました。それでしばしば手柄を立てる一方で、けれんが過ぎると同じ町方の中には眉をひそめる者も多かった。
七蔵は、貸元殺しの下手人を地道な探索で追い詰めながら、目の前で取り逃してしまいました。下手人はほかにも殺害を重ね、定廻りの失態は読売に書かれるほどでした。
下手人を捕まえて、罪を償させたいと思い続けていました。
文化三年、北町奉行所は常盤橋御門内から、呉服橋御門内へ移っていた。そしてさらに三年がたった文化六年の今年、七蔵は四十三歳である。あれから八年の歳月がすぎていた。
(『夜叉萬同心 風雪挽歌』P.196より)
北町の定廻り・萬七蔵は、三十八歳で、奉行直属の三廻りの筆頭である、隠密廻りを拝命しました。そして、探索のスタイルは変わらず、いつしか、浅草本所深川の顔役たちから、やっかいな役人で夜叉のごとく恐ろしい男、《夜叉萬》と呼ばれるようになってました。
岩鼻の代官所の手代より奉行所に内々の問い合わせがあり、吉井藩領鏑木川の河原でやくざ者の親分同士の出入りに加勢した助っ人の中に下手人の風貌と似た侠客がいて、凄まじい勢いで斬り回ったということでした。
七蔵は、八年前の決着をつけるべく上州へ向かいます。
「夜叉萬同心」シリーズは、「風の市兵衛」シリーズに次ぐ、著者の代表シリーズです。第1作『冬かげろう』をベスト時代文庫で刊行した後、第4作の『藍より出でて』は学研M文庫で発行し、第5作『もどり途』から光文社文庫に出版元を移しています。(光文社文庫で第1作から本書まですべて揃えることができます。)
夜叉萬同心 風雪挽歌
著者:辻堂魁
光文社文庫
2020年4月20日初版1刷発行
文庫書き下ろし
カバーデザイン:岡孝治
カバーイラスト:森豊
●目次
序 洲崎
第一章 三一侍
第二章 十五夜
第三章 上州無宿
第四章 地の果て
結 箱崎まで
本文324ページ
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『夜叉萬同心 冬かげろう』(辻堂魁・光文社文庫)(第1作)
『夜叉萬同心 冥途の別れ橋』(辻堂魁・光文社文庫)(第2作)
『夜叉萬同心 親子坂』(辻堂魁・光文社文庫)(第3作)
『夜叉萬同心 藍より出でて』(辻堂魁・光文社文庫)(第4作)
『夜叉萬同心 もどり途』(辻堂魁・光文社文庫)(第5作)
『夜叉萬同心 本所の女』(辻堂魁・光文社文庫)(第6作)
『夜叉萬同心 風雪挽歌』(辻堂魁・光文社文庫)(第7作)