木村忠啓(きむらちゅうけい)さんの文庫書き下ろし長編小説、『虹かかる』(祥伝社文庫)を献本いただきました。
著者は、2016年に「堀に吹く風」(単行本刊行時に『慶応三年の水練侍』と改題)で、第八回朝日時代小説大賞を受賞しデビューしました。
受賞作は、幕末を舞台に、津藩藤堂家を二分する勤皇派と佐幕派が、競泳で遺恨の決着をつけるという、熱血スポーツ時代小説です。
その後も、『ぼくせん 幕末相撲異聞』や「十返舎一九 あすなろ道中事件帖」など注目の作品を発表されています。
かつては水戸藩士、今や素浪人の飛田忠矢は妻の散骨のため、二十年ぶりに郷里の地を踏んだ。ところが、現状を隠したくて吐いた嘘がもとで隠密と勘違いされ、麻生・新庄家から助けを乞われる羽目に。小大名の新庄家が、浪人と百姓から成る四百人の軍勢に狙われているというのだ。行きがかり上、一癖も二癖もある仲間とともに迎え撃つことになった忠矢だったが……。
(カバー裏の内容紹介より)
本書の主人公は、亡くなった妻秋恵の散骨をするために、二十年ぶりに風光明媚な水郷の地、常陸国潮来に帰ってきた浪人・飛田忠矢です。陽明学に心酔し叔父飛田逸民に反抗して、水戸藩を脱藩し、四十七歳の今まで仕官もできず浪人暮らしを続けていました。
「しょせん、俺は不器用な生き方しかできぬのだ」とうそぶきますが、一方で水戸では見知った顔と出会うということで、嘘をつき公儀の隠密のように振る舞います。
この先、自分の人生に何かいいことが待っているとは思えない。仕えるべき主もなく、家族もなく、金もない。時が来れば、枯葉が落ちるように人知れず死んでいくしかないのだろう。
忠矢の鬱屈した気持ちとは裏腹に水郷潮来のさわやかな風が吹き抜けていった。(『虹かかる』P.12より)
隠密を装った忠矢は、鹿島神宮詣でで、花火師の笹間清兵衛や手妻師の竜吉と仲間になり、麻生(あそう)新庄家の家中の山本槍三から水戸藩の隠密と間違われて助力を請われます。
槍三は、新庄家の当主主殿頭直計(なおかず)と南町奉行鳥居甲斐守耀蔵が諍いを起こし、甲斐守の息の掛かった者が近隣の牛堀宿に集まっているといいます。
「手前どもの家は弱小ゆえ耳目たる忍びを持ちませぬ。ここはなにとぞ、水府さまの手のお方のお方の力をお貸しいただけませぬでしょうか」
槍三は再び額を板の間に擦り付けた。(『虹かかる』P.32より)
本書を手に取るまで、麻生新庄家のことを知らなかったので少し調べてみました。
新庄家一万石は、潮来から北西、霞ケ浦の東岸の麻生(現在の茨城県行方市麻生)に陣屋がありました。
藩祖の新庄直頼は、関ヶ原の戦いで西軍に属したために、摂津国高槻の所領を没収されましたが、後に徳川家康に許されて召し出され、慶長九年に麻生に入りました。立藩のドラマを描いた時代小説があれば、読んでみたくなりました。
さて、物語では、忠矢ら人生の負け犬というべき七人の男たちが、麻生新庄家の陣屋を襲撃を企て四百人の百姓を扇動する三十人の浪人たちを迎え撃つ活劇が始まります。
映画「七人の侍」を想起させるような、ひと癖もふた癖もある、七人の男たちの活躍が楽しみです。
虹かかる
著者:木村忠啓
祥伝社文庫
2020年4月20日初版第1刷発行
文庫書き下ろし
カバーデザイン:國枝達也
カバーイラスト:蓬田やすひろ
●目次
第一章 散骨
第二章 七人の負け犬
第三章 こんちころ
終章 絆
本文336ページ
■Amazon.co.jp
『虹かかる』(木村忠啓・祥伝社文庫)
『慶応三年の水練侍』(木村忠啓・朝日新聞出版)
『ぼくせん 幕末相撲異聞』(木村忠啓・朝日新聞出版)
『十返舎一九 あすなろ道中事件帖 悪女のゆめ』(木村忠啓・双葉文庫)