出水千春(でみずちはる)さんの文庫書き下ろし長編小説、『吉原美味草紙 おせっかいの長芋きんとん』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)を献本いただきました。
本書はタイトル通り、吉原を舞台にした人情料理時代小説で、作者の時代小説デビュー作です。
プロフィールによると、著者は、大阪府茨木市生まれで、大阪大学法学部卒業で、マンガ家デビュー後、小説を書き始められたそうです。お嬢さんは、油彩画家の出水翼さん。
たいせつな父を亡くし、大坂から江戸にでてきたさくらには夢がある――一人前の料理人になり自分の店をもつ。だがなんの因果か、吉原の妓楼〈佐野槌屋〉の台所ではたらくことになるが、自慢の腕をふるい、様々な悩みを解きほぐす――最高位の花魁の落涙の理由、男衆の暴れ騒ぎ、旅立つ人形師の心の迷い……温かな料理で人を包み込み、そっと後押しする。さくらの心意気がまぶしい、人情料理物語。
(カバー裏の内容紹介より)
父を亡くした平山桜子は料理人になることを夢見て、江戸で大きな料亭を営んでいた伯父・忠右衛門を頼って、はるばる大坂からやってきました。ところが、忠右衛門は店を閉じていました。
もったいないが、厚めに皮をむいた。むいた長芋を酢水に漬ける。
柔らかくなるまで蒸してから、すりこぎで潰していった。
とんとん、にょり、にょり、しゅるしゅる。優しい音がした。
つぶつぶした舌触りを楽しめるよう、ごく小さな粒が残るくらいで手を止め、塩少々と、壺の中にこびりちていた砂糖を加えた。
柚子の皮のすり下ろしをぱらりとかけるとさらに美味しくなるが、ぜいたくは言えなかった。(『吉原美味草紙 おせっかいの長芋きんとん』P.31より)
忠右衛門が新たに始めた馬喰町の居酒屋を探し当てましたが、忠右衛門は亡くなっていて、忠右衛門の息子で十七歳の力也が閉店している居酒屋に居残っていました。
立派な料亭のお坊ちゃまの境遇から一転して貧乏暮らし、朝から何も食べずに一人で途方に暮れる力也に、桜子は持ち前のおせっかいを発揮します。
食材がほとんどない中で見つけた、古くなった長芋を使って、得意のおやつ「長芋きんとん」を作りました。
旧恩ある忠右衛門の死を知って訪ねてきた料理人竜次の勧めで、住まいを立ち退きとなり仕事もない二人は、吉原の妓楼、佐野槌屋に連れて来られました。
三十路の桜子はさくらと名を改めて、竜次の下で台所の下働きとして、力也は見世番と呼ばれる花魁道中のときに傘持ちをする若衆で働くことになりました。
さくらの中で、おせっかいの虫が鳴き声を奏で始めた。
(そや。食欲がのうても、目先が変わった料理やったら口にしはるんやないか)
さくらは、ぽんと手を打った。
高位の花魁は毎日、台屋からとった料理を食べていた。仕出し料理は見た目ばかりで心がこもっていない。食欲がなければなおさら食べたいとは思わないだろう。(『吉原美味草紙 おせっかいの長芋きんとん』P.88より)
おせっかいというのは、現在ではあまり見かけなくなりましたが、血の通った温かみを感じさせる行為であることに気づかされました。
大坂出身のヒロインというと、高田郁さんの「みをつくし料理帖」シリーズが想起されますし、吉原を舞台にした人情料理小説では、鷹井伶さんの『お江戸やすらぎ飯』もあります。
また、一つ楽しみな人情料理小説の誕生です。
ちなみに、さくらと力也らが働く、吉原の江戸町二丁目にある大見世の佐野槌屋は錦絵に描かれ、落語「文七元結」にも登場する実在の妓楼でした。
吉原美味草紙 おせっかいの長芋きんとん
著者:出水千春
ハヤカワ時代ミステリ文庫
2020年4月15日発行
カバーイラスト:中島梨絵
カバーデザイン:大原由衣
●目次
第一話 さくらの夢と長芋きんとん
第二話 決意の焼き大根
第三話 やすらぎのつと豆腐
第四話 おせっかいの長芋きんとん
本文296ページ
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『吉原美味草紙 おせっかいの長芋きんとん』(出水千春・ハヤカワ時代ミステリ文庫)
『八朔の雪 みをつくし料理帖』(高田郁・ハルキ文庫)
『お江戸やすらぎ飯』(鷹井伶・角川文庫)