神家正成(かみやまさなり)さんの長編時代小説、『さくらと扇』(徳間書店)を入手しました。
本書は、歴史小説イノベーション「操觚の会(そうこのかい)」と、栃木県さくら市がコラボレーションして生まれた、歴史時代小説です。
2017年11月に栃木県指定文化財の瀧澤家住宅で開催された、栃木県さくら市で「作家が語る栃木県の歴史 大河ドラマにしたい人物は?」というテーマのトーク会が発端になったそうです。現在(2020年3月28日時点)、市のサイトでは、作品全編が公開されています。
著者の神家さんは、陸上自衛隊勤務を経て、自衛隊の海外派遣で起こった不可解な事件を描く現代ミステリー『深山の桜』で第13回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞しました。
「操觚の会」のメンバーによる歴史小説アンソロジー『幕末 暗殺!』で、孝明天皇毒殺を描く短編「明治の石」を寄稿されていますが、本書が初の長編時代小説となります。
石高わずか五千石の小藩・喜連川藩は、なぜ十万石の大名同様の扱いを受けたのか。その裏には、名門足利家の血を引くふたりの姫君の存在があった――。
小弓公方の家に生まれ、美しく武芸にも優れた嶋子は秀吉の側室となりお家再興を願う。父の逝去を受けわずか九歳で古河公方の家督を継いだ氏姫は嶋子の弟、足利国朝に嫁ぐ。豊臣秀吉による関東・奥州仕置、関ヶ原の戦いに勝った家康の幕藩体制強化。ふたつの大きな危機を乗り越え、小藩存続に尽力したふたりの姫の戦いを描く。
(カバー帯の内容紹介より)
大河ドラマでは、信長や秀吉、武田信玄や上杉謙信が描かれることが多いが、北条氏をはじめとした関東の武将たちに光が当てられることは少ない。まして、足利尊氏の四男・足利基氏の子孫が世襲した鎌倉公方、その嫡流である古河公方についてはほとんど描かれることはありません。
本書の主人公、嶋姫(嶋子)は、小弓公方を名乗った祖父義明をもち、五代古河公方足利義氏ははとこにあたる、足利家の血を引く姫君です。
天正十年(1582)、嶋姫は古河公方家を支える天庵とともに関東御取次役滝川一益が、上野国厩橋城で催した能興行から古河城へ帰る途上、山賊に襲われました。
女衆の叫び声に、さらに頭に血が上る。嶋姫は馬上で刀を操っていたが、馬の足を斬られ、落馬した。賊どもが嶋姫の体に群がる。
「不届き者っ」
嶋姫のくぐもった叫び声に、天庵は歯ぎしりをして、賊に斬りかかるが、甲冑を着ていないがゆえ、思い切って踏み込めない。
嶋姫の声が小さくなる。
もし嶋姫をかどわかされたら、この老いぼれの腹を幾ら切っても足りぬ。
悔恨の念にかられる耳朶が、後ろから響いてくる蹄の音を捉えた。
新手かと絶望の思いにとらわれ振り向いた天庵は、迫る数騎の騎馬武者を目にした。
(『さくらと扇』P.21より)
危機一髪のシーンで、「助太刀いたすっ」と芦毛の馬に乗った白頭巾の若武者が現れて賊を馬上からの刀でなぎ払いました。
嶋姫と若武者の運命的な出会いの翌月、天下人となりつつあった織田信長は京の本能寺で明智光秀の謀反により命を絶たれました。そして、その光秀も中国大返しを成し遂げた羽柴秀吉の前に討たれました。
天下は再び、騒乱に巻き込まれることになり、嶋姫と名門古河公方家の運命も大きく変わっていきます。
東京に暮らす者として、土地勘があり馴染みのある北関東を舞台とした、本書で描かれる歴史ドラマは、知らないことばかりで興味深く目を見開かされます。
装画:村田涼平
装幀:犬田和楠
●目次
序章 皐月の風
第一章 晩秋の扇
第二章 籠中の鳥
第三章 鞍馬の狐
第四章 浪速の夢
第五章 女子の戦い
第六章 紅蓮の炎
終章 皐月の空
本文347ページ
2020年2月29日初刷
■Amazon.co.jp
『さくらと扇』(神家正成・徳間書店)
『深山の桜』(神家正成・宝島社文庫)
『幕末 暗殺!』(谷津矢車、誉田龍一、早見俊、新美健、鈴木英治、秋山香乃、神家正成・中央公論新社)