木下昌輝(きのしたまさき)さんの連作時代小説、『敵の名は、宮本武蔵』(角川文庫)を入手しました。
宮本武蔵というと、吉川英治さんの『宮本武蔵』と、それを漫画化した、井上雄彦さんの『バガボンド』がまず頭に浮かびます。
宮本武蔵は、皆がよく知っている人物でありながらも、既に強烈なイメージがついているせいか、時代小説の新たなテーマとして取り組むにはハードルが高いように思われています。
2012年に『宇喜多の捨て嫁』で第152回直木賞候補となり、その後も一作ごとにチャレンジングで新感覚な時代小説を次々に発表している著者が、本書で選んだ題材が宮本武蔵です。
数々の剣客を斃し、最強と呼ばれた宮本武蔵。対峙した剣豪たちは、彼に何を見たのか。島原沖田畷の戦いで“童殺し”の悪名を背負い、家中を追放された鹿島新当流の達人・有馬喜兵衛の前に、宮本無二斎と、弁助と呼ばれる少年が現れた。弁助、のちの武蔵は、真剣で「生死無用」の立ち合いをするというが……(「有馬喜兵衛のの童討ち」)。全7篇の物語で紡ぐ、まったく新しい宮本武蔵の物語。直木賞、山本周五郎賞、山田風太郎賞候補作。
(カバー裏の内容紹介より)
第一話の「有馬喜兵衛の童討ち」に登場する有馬喜兵衛は、鹿島新当流の達人。武蔵が13歳ではじめて決闘した剣豪です。その闘いに挑むまでの物語が描かれていて引き込まれます。
一際強い風が吹いて、シシドは激しく震えた。歯がカチカチと鳴る。垂れる鼻水が唇を濡らし、しょっぱい味が口の中に広がった。
「いいかぁ。売られるからって悲観するな」
手下たちが少年少女の名前と値段を帳面に記す横で、髭を震わせて首領が叫ぶ。
「あの羽柴筑前様(豊臣秀吉)でさえ、二貫文(二千文)で童の頃に売られたって話だ。せいぜい早く買い手がついて、羽柴筑前様のように出世してくれ」
首領の戯れ言に応じたのは、手下たちの笑い声だけだった。(『敵の名は、宮本武蔵』「クサリ鎌のシシド」P.9より)
クサリ鎌のシシドは、南蛮人に攫われて人身売買される少年として登場します。背が低くゴボウみたいに痩せ細った体で、文字も数字も書けないために、老馬とともに人買いからも見放された存在でした。美少女・千春に助けられて、首領に引き取られることに……。
本書は、敗れた男たちを単なる武芸者としてではなく、心を持った愛すべき人物として描くことで、敵となる武蔵の強さの秘密や生き様、真の姿を浮き彫りにしていく剣豪小説です。
カバーイラスト:ヤマモトマサアキ
カバーデザイン:大武尚貴
●目次
有馬喜兵衛の童討ち
クサリ鎌のシシド
吉岡憲法の色
皆伝の太刀
巌流の剣
無二の十字架
武蔵の絵
解説 本郷和人
■Amazon.co.jp
『敵の名は、宮本武蔵』(木下昌輝・角川文庫)
『宮本武蔵(一)』(吉川英治・新潮文庫)
『バガボンド(1)』(井上雄彦・講談社・モーニングKC)