泡坂妻夫(あわさかつまお)さんの捕物小説、『宝引の辰 捕者帳(ほうびきのたつとりものちょう) 第一巻 鬼女の鱗』オンデマンド本を献本いただきました。
著者は、2009年2月に75歳で亡くなられましたが、1990年に短篇集『蔭桔梗』で第103回直木賞を受賞し、主にミステリーと時代小説で活躍されていました。
執筆活動のほか、東京神田で、着物に家紋を描き入れる専門の職人・紋章上絵師を続ける一方で、奇術愛好家・奇術師としても活躍されました。その作品には、そうしたバックグラウンドを生かした、遊び心と技巧が一体となった作風で読者を虜にしてきました。
日本推理作家協会賞、直木賞受賞に輝く著者の代表的な捕者小説。
本書には昭和55年に発表された第1作目吉の死人形の他、柾木心中、鬼女の鱗、辰巳菩薩、伊万里の杯、江戸桜小紋、改三分定銀、自来也小町、雪の大菊、毒を食らわば、謡幽霊の11編を収録。
(Amazonの内容紹介より)
本書で事件を解決するのは、幕末の江戸、神田千両町に住む、岡っ引きの辰ですが、物語は事件の関係者の視点から一人称で描くというスタイルをとっています。
文体にはちょっと戸惑うところもありますが、事件を知る者ならではの話ぶりとなり、今度の話の語り手は誰なんだろうかと、楽しみながら物語の世界に入っていけます。
八丁堀の手助けをするといっても、能坂様からのお手当てだけでは親子三人が食べていけませんから、父はちゃんとした仕事を持っていました。それが「宝引」の販売です。
(『宝引の辰 捕者帳 第一巻 鬼女の鱗』「柾木心中」P.28より)
辰が仕事にしている「宝引」とは、福引の一種で、小さな玩具や縁起物の一つ一つに長い糸を結び、その糸の束を手にもって、お客さんにその束の中から好きな一本の糸の端を引き出して、品物を引き当てるというものです。
能坂様とは、町奉行所定町廻り同心で、辰を気に入って十手を預けています。「征木心中」の話では、辰の一人娘・お景が語り手となっています。
「待てっ――御用だ」
人影の後ろから鋭い声が追って来ます。
闖入者は小脇に細長い箱を抱えている、と見定める間もない。人影は遺体の傍に立ててあった屏風を蹴倒しまして遺体を飛び越え、真一文字に外の方へ駈け抜けて行きました。
「待ちゃがれ――」
続いて、今度は十手を持った宝引の辰です。辰も遺体を飛び越えて外へ。
さすが、本物の捕者は芝居とは違い迫力が違う。わたしも続いて辰の後を追おうとしたとき、
「あっ、自来也だわ」
と、秀が叫び声を上げました。
(『宝引の辰 捕者帳 第一巻 鬼女の鱗』「自来也小町」P.179より)
タイトルが「捕物帳」ではなく、「捕者帳」となっている点も著者のこだわりが見られます。
本書はオンデマンド本で、注文に応じて印刷・発行する「プリント・オン・デマンド」方式のため一般書店には並んでいませんが、Amazon、楽天ブックス、全国の三省堂書店で入手可能です。
本書は、「宝引きの辰 捕者帳」第1集の『鬼女の鱗』と第2集『自来也小町』からの作品を収録しています。
久しぶりに読み返して、江戸情緒と遊び心とトリックがいっぱいの泡坂ワールドを満喫したいと思います。
目次
目吉の死人形
柾木心中
鬼女の鱗
辰巳菩薩
伊万里の杯
江戸桜小紋
改三分定銀
自来也小町
雪の大菊
毒を食らわば
謡幽霊
表紙のきりえは、かみきり仁左衛門さんの手によるものです。
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『宝引の辰 捕者帳 第一巻 鬼女の鱗』オンデマンド本(泡坂妻夫・捕物出版)