高田郁さんの文庫書き下ろし時代小説、『あきない世傳 金と銀 八 瀑布篇』を入手しました。
「買うての幸い、売っての幸せ」を掲げて、知恵を武器に、人の縁を大切にして商いの道を邁進する一人の女性・幸を主人公にした、大人気シリーズの第八弾です。
遠目には無地、近づけば小さな紋様が浮かび上がる「小紋染め」。裃に用いられ、武士のものとされてきた小紋染めを、何とかして町人のものにしたい――そう願い、幸たちは町人向けの小紋染めを手掛けるようになった。思いは通じ、江戸っ子たちの支持を集めて、五鈴屋は順調に商いを育てていく。だが「禍福は糾える縄の如し」、思いがけない禍が江戸の街を、そして幸たちを襲う。足掛け三年の「女名前」の猶予期限が迫る中、五鈴屋の主従は、この難局をどう乗り越えるのか
(表紙裏の内容紹介より)
幸は、浅草田原町に五鈴屋江戸店を出して二年近くが経過し、江戸紫の小紋染めを売り出しました。
江戸店の板の間には、大坂本店の常客の医師修徳先生から、大坂を発つ時に「江戸店に飾って戒めとせよ」と言われて選別にもらった掛け軸が飾られていました。ところが、あまりの達筆か、はたまた悪筆か、二年近く毎日眺めていても、店の者は誰も、全然、読み解けませんでした。
「『衰颯(すいさつ)の景象(けいしょう)は、すなわち盛満(せいまん)の中に在り』と私は読んでいます。衰えていく兆しというのは、実はもっとも盛りの時に在る、というほどの意味です」
なるほど、と幸は心のうちで唸った。
――江戸店に飾って、戒めとしなはれ
掛軸を手渡された時の、修徳の言葉がありありと思い起される。
(『あきない世傳 金と銀 八 瀑布篇』P.63より)
満を持して売り出した、江戸紫の小紋染めが、幸の亡夫の友人で歌舞伎役者の中村富五郎の後押しもあって、江戸っ子の好みにあって大人気となり、順調に売り上げを伸ばしていました。
ある日、幸ら五鈴屋主従は、たまたま店に立ち寄った儒学者から、掛け軸には『衰颯的景象 就在盛満中』と書かれていて、その意味を教えてもらいます。
商いが隆盛を極めても、油断をしてはならない。衰退の種は既にある、そのことをゆめゆめ忘れず、心して取り組め。という意味。
明時代に書かれた中国の書物『菜根譚』からの言葉だそうです。
吉凶禍福。
それからまもなく、文月になると、江戸の街を麻疹(はしか)が蔓延しました。麻疹は「命定め」と呼ばれるほど恐ろしい病で、落命する者は日に日に増えて、とくに子どもについては歯止めが利かなくなっていました。
麻疹で大勢の人々が亡くなったときに着物を新調する人はほとんどなく、生きることにじかに関わらない商い、小間物や呉服太物などを扱う店はいずれも火が消えたようになってしまいました。五鈴屋も例外ではありません。
商いは、いずれ再び盛り返すことが出来る。けれども、奪われてしまった命は、取り戻したり出来ない。
「こんなことがずっと続くわけないですよ。ええ、ないですとも」
悲しみと怒りとを、お才は滲ませる。
「どんなに悪いことでも、必ず底はありますからね」(『あきない世傳 金と銀 八 瀑布篇』P.74より)
現在(2020年2月時点)流行中の新型コロナウイルスを想起させるようなパンデミックが描かれる中、幸たち、五鈴屋主従は、この苦難を乗り越えることができるのでしょうか。
装画:卯月みゆき
装幀:多田和博+フィールドワーク
●目次
第一章 追い風
第二章 修徳からの伝言
第三章 凪
第四章 恵比須講
第五章 百花繚乱
第六章 賢輔
第七章 不意打ち
第八章 思わぬ助言
第九章 肝胆を砕く
第十章 響き合う心
第十一章 百丈竿頭
第十二章 怒涛
巻末付録 治兵衛のあきない講座
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『あきない世傳 金と銀 八 瀑布篇』(高田郁・ハルキ文庫・時代小説文庫)(第8巻)
『あきない世傳 金と銀 源流篇』(高田郁・ハルキ文庫・時代小説文庫)(第1巻)