山田剛(やまだたけし)さんの文庫書き下ろし時代小説、『新地奉行 太田太田太』(コスミック・時代文庫)を献本いただきました。
新地奉行とは、耳慣れない言葉ですが、江戸幕府で実際にあった職名で、書院・小姓組の両番から出役して、江戸府内の武家・社寺・庶民の屋敷・屋敷地に関する検査をつかさどっていました。屋敷改(やしきあらため)と呼ばれていました。
著者は、2011年に「刺客―用心棒日和」(『大江戸旅の用心棒 雪見の刺客』のタイトルで文庫化)で、第17回歴史群像大賞佳作を受賞してデビューし、「無双の拝領剣 巡見使新九郎」シリーズなどの作品がある、気鋭の時代小説家です。
上から読んでも下から読んでも、太田太田太(おおたたでんた)――。人を食ったような名であるが、この男、歴とした直参旗本の書院番士である。そんな太田太田太が守着として「新地奉行」へ配転となった。新地奉行とは屋敷改とも言われ、江戸市中の屋敷の所在地、坪数、相続などを調べ、届出を諸屋敷帳に記すのがお役目である。そして、その記録を残すために、どこのどんな屋敷にも立入り御免という役得があったのである。
大名家や旗本家も例外ではない。宏大な屋敷でも新地奉行の検めは行われた。だが正義感の強い太田太は、家に隠された重大事の匂いをかぎ取る。闇の空間に悪事の証を見つけ出し、目上の者でも迷わず成敗する特命奉行。その活躍を描く期待の新シリーズ!
(表紙カバー裏の内容紹介より)
主人公の太田太田太は、幕府職制における武官です。いわゆる番方のなかでも誉れ高い役職の書院番で三百俵高、虎之間詰。屋敷は表四番町の組屋敷にあり、下女のお春と下男の冬吉と暮らす、独り身の若者です。
「して、如何なる御役目でございましょうか」
太田太は探るようにして訊いた。
「屋敷改だ」
「はあ?」
太田太はぽかんとした。
屋敷改とは耳慣れぬ御役目である。
「新地奉行ともいう」
「奉行? 屋敷改より奉行の方が、断然、聞こえがいい」
太田太が華やいだ口調で言い、身を乗り出した。(『新地奉行 太田太田太』P.13より)
太田太は、組頭の田坂より出役(本来の御役目と異なる御役目に就くこと)を言い渡されます。新地奉行という耳慣れない御役目だと知らされます。江戸市中の大名・旗本の屋敷の所在地・坪数・貸借、相続等の届出を「諸屋敷帳」に記録すると聞き、奉行と聞いて膨らんだ気持ちが一気に萎みました。
さて、太田太は、定員四名の新地奉行に就きました。新しく同僚になったのは、小姓組から出役となった平塚雀仲、一二三四五郎。十年もの間、新地奉行を務めていた平山雪之助は、六日前から行方不明になったといいます。
やがて、旗本はさらに三人が失踪しているということで、新地奉行が常の御役目のようにさりげなく調べてくれと、若年寄の安藤出羽守から、雀仲が内々の命を受けました。
「旗本二千三百石のわしに向かって狼藉を働くとは。この場にて成敗致す。名を名乗れ」
「成敗上等。名乗ってやるから、よおく聞くんだぜ。新地奉行、太田太田太。上から読んでも下から読んでも太田太田太だよ」
太田太が足を踏み出すと、ぱらぱらと家来らが前に進み出た。
黒装束の男たちが次々と匕首を引き抜いた。
「おいおい。ここは笑うところだぜ」
言葉は戯けているが、身構えた太田太には一分の隙もない。(『新地奉行 太田太田太』P.113より)
太田太は、ちょうど出生の頃、父精一郎が回文に凝っていたということで、「太田太」と名付けられましたが、自身も馬鹿話を披露して笑われるのが好きな、人情味豊かな快男児です。そして、ひとたび悪を見つけると、敢然と立ち向かうヒーローでもあります。
カバーイラスト:川島健太郎
●目次
第一話 新地奉行、見参!
第二話 相対替
第三話 今千姫
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『新地奉行 太田太田太』(山田剛・コスミック・時代文庫)