乾緑郎(いぬいろくろう)さんの長編時代小説、『ねなしぐさ 平賀源内の殺人』(宝島社)を献本いただきました。
著者は、2010年、SFミステリーの『完全なる首長竜の日』で『このミステリーがすごい!(このミス)』大賞を受賞し、同じ年に伝奇時代小説『忍び外伝』で朝日時代小説大賞を受賞するという、ジャンルの異なる作品で新人賞二冠を達成し、SF時代小説『機巧のイヴ』シリーズでファンの圧倒的な支持を集めています。
本書は、『このミス』大賞受賞作家が、平賀源内が晩年に起こしたとされる殺人事件の謎に迫る、歴史ミステリーです。
安永八(一七七九)年、十一月二十一日早朝――。
神田橋本町の自宅で源内が目を覚ますと、続きの間の向こうに、男の亡骸があった。知らせを受けて駆けつけた杉田玄白の目には、脇差を手に持ち、茫然自失とする源内の姿が。何があったのかを源内に問い詰めるが、記憶がないと首を振るばかり。稀代の天才に、いったい何があったのか。
殺人の容疑で牢屋敷に入れられてしまった源内は、やがて獄中死してしまうが――。
身分は侍。本業は本草学者。医学、蘭学や鉱物の知識にも明るく、戯作者、発明家といったよろずの才を持つ者として、現代にも名を残す江戸の天才・平賀源内の、非業の死の謎に迫る!
(Amazon内容紹介より)
主人公の平賀源内と言えば、本草学者で世に出て物産会の開催し、火浣布(かかんぷ)を発明したり、エレキテルを実演したり、鉱山の開発をするなど科学者として活動する一方で、戯作や浄瑠璃作品を手掛けたり、蘭画を学び、金唐革紙や菅原櫛を売り出したりと、マルチな活躍をした、“江戸の天才”です。
ところが、その最期は悲しいものと伝えられています。
「だが、平賀源内といえば、確か最期は……」
「ふふふ……知っての通り、あやつめ、ひどい死に方をしおった」
心から可笑しそうに四方吉は言う。すると親しい知り合いというよりは、何か源内に恨みつらみでも持っていたのであろうか。
「巷間では天才などと持て囃されていたが、何ひとつ成し遂げられぬまま死んでいった、憐れな男さ。あやつの書いた戯作の題と一緒だよ。ねなしぐささ」(『ねなしぐさ 平賀源内の殺人』P.12より)
本書のプロローグで、蝦夷地の松前で、公儀の蝦夷地調査隊に加わっていた最上徳内と、測量の手伝いをする謎の老人四方吉の会話のシーンが挿入されています。
「平助殿は、『根南志具佐(ねなしぐさ)』は読んだかい?」
ちょいとからかいたい悪戯心に駆られて、玄白はそう言った。
「いえ、恥ずかしながら知りません。本草書か何かですか?」
平助のこの受け答えに、淳庵だけでなく、普段はあまり笑わない良沢までもが、口を押えて噴き出すのを堪えた。
「違う違う。学問書ではなく滑稽本の類だよ。ほれ、先々年に女形の荻野八重桐が、大川で溺れて死ぬ事件があっただろう」(『ねなしぐさ 平賀源内の殺人』P.42より)
タイトルの「ねなしぐさ」は、平賀源内が天竺浪人という筆名で書いた、滑稽小説『根南志具佐』に由来します。
源内は、いろいろな分野のことに次々と手を出して、そつなくこなして人びとの耳目を集めますが、成功した事業や後世に残るような発明品や作品を残すことができませんでした。
本書では、晩年の殺人事件の謎を追いながら、あり余るような才能を持て余して、時には苦悩もする、報われない生き方とその心の裡を明らかにしていきます。
老中田沼意次や、仙台藩医で『赤蝦夷風説考』を書いた工藤平助、、『解体新書』の翻訳に尽力した、杉田玄白、中川淳庵、前野良沢、阿蘭陀通詞の吉雄耕牛らも登場し、源内との交友が明らかになっていき、興味深く読み進められます。
装幀:菊池祐
装画:平賀源内肖像(木村黙老著『戯作者考補遺』明治写) 慶應義塾図書館所蔵
●目次
なし
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『ねなしぐさ 平賀源内の殺人』(乾緑郎・宝島社)
『完全なる首長竜の日』(乾緑郎・宝島社文庫)
『忍び外伝』(乾緑郎・朝日文庫)
『機巧のイヴ』(乾緑郎・新潮文庫)