天野純希(あまのすみき)さんの短編時代小説、『燕雀の夢』(角川文庫)を入手しました。
「燕雀安知鴻鵠之志哉(燕雀 安(いずく)んぞ 鴻鵠の志を知らんや)」(『史記』より)
「燕雀(えんじゃく)」は、燕(つばめ)と雀(すずめ)のような小鳥のこと。一方の「鴻鵠(こうこく)」は、鴻(おおとり)や鵠(くぐい)のような大きな鳥のことです。
小さな鳥(凡人)には大きな鳥(英傑になるような人)の気持ちはわからないというような意味でしょうか。
本書のタイトルを聞いて、この言葉を思い出しました。
群雄割拠の時代に、一際異彩を放つ戦国の英傑たちの父は、息子たちに何を夢みたのか。“うつけ殿”と揶揄される息子に対し、ただ1人恐れを抱く織田信長の父・織田信秀を描いた「黎明の覇王」ほか、上杉謙信の父・長尾為景「下剋の鬼」、武田信玄の父・武田信虎「虎は死すとも」、伊達政宗の父・伊達輝宗「決別の川」、徳川家康の父・松平広忠「楽土の曙光」、豊臣秀吉の父・木下弥右衛門「燕雀の夢」の珠玉の6篇を収録した傑作歴史小説。
(本書カバー裏紹介より)
本書は、上杉謙信、武田信玄、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、伊達政宗という6人の英傑のそれぞれの父を描いた短篇集です。
実力だけをとってみれば、長尾家に比肩する者は、越後にはいない。
にもかかわらず、父は古臭い権威を振りかざす守護に従い、戦や政務に駆り出されている。一昨年にも、父は越後上杉家の本家筋に当たる山内上杉家のため、はるばる関東まで遠征し戦った。為景はこの戦で初陣を飾ったが、長尾家が得たものなど何一つありはしない。
結局、父は何のために戦っているのか。為景にはどうしても理解できなかった。(『燕雀の夢』「下剋の鬼――長尾為景」P.12より)
越後府中の長尾家は代々越後守護代に任じられてきました。永正三年(1506)八月、長尾為景の父能景は、越後守護上杉房能より越中に攻め入った一向一揆の討伐を命じられます。しかしながら、能景は味方の裏切りにより一揆勢に大敗し、討死をしました。
父と多くの家臣を失った為景は、父が敗北するよう画策した上杉房能への復讐を誓いながらも、一族郎党の生死がかかっている長尾家の主として耐え忍び、力を蓄えることなります……。
長尾為景をはじめ、武田信虎、織田信秀、木下弥右衛門、松平広忠、伊達輝宗――大河ドラマや戦国時代小説では、脇役として登場することはあっても光を当てられることが少ない人物ばかり。知られざる、かれらの生き様と死に様は、その息子たちにさまざまな影響を与えました。
手垢が付いていない新鮮なテーマで興味深く読め、戦国時代小説の面白さが堪能できる作品集です。
●目次
下剋の鬼――長尾為景
虎は死すとも――武田信虎
決別の川――伊達輝宗
楽土の曙光――松平広忠
黎明の覇王――織田信秀
燕雀の夢――木下弥右衛門
解説 細谷正充
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『燕雀の夢』(天野純希・角川文庫)