植松三十里(うえまつみどり)さんの文庫書き下ろし時代小説、『おたみ海舟 恋仲』(小学館文庫)を入手しました。
本書は、妻のおたみの視点から、勝海舟夫婦の波瀾万丈の生涯を描く、文庫書き下ろしシリーズの第1作です。
辰巳芸者のおたみは、呼ばれた席で幼馴染みの勝麟太郎と再会。蘭学を修業中の麟太郎は、おたみに惚れて一緒になろうと口説いてくる。旗本との結婚など無理な話と諦めていたおたみの所に、麟太郎の父小吉がやってきた。小吉に気に入られ、姑となるお信にはいい顔をされなかったが、二人は祝言をあげ、溜池のあばら家で新生活を始めたが…。
蘭和辞典「ヅーフ・ハルマ」を高額で借り受けて一年かけて二部筆写するという作業のため、収入は途絶え、天井板をはがして薪代わりに燃やすという、貧乏生活に突入!
(本書文庫カバー裏の紹介文より)
海舟は幕末の政治シーンで重要な役割を演じ、多くの時代小説やドラマにも描かれてきましたが、その正妻おたみのことは、幕末小説に登場することが少なく、その名前もほとんど知られていません。
売れっ子の辰巳芸者だったおたみは、贔屓にしてくれている箱館の豪商・渋田利右衛門の酒席で、勝麟太郎と再会します。麟太郎は幼馴染みで、子供の頃、おたみが大きな犬に襲われそうになったときに助けに入り、代わりに股間を噛まれて大けがをしてしまうということがありました。
麟太郎から惚れられ、麟太郎の父小吉から娘の嫁にもらいたいという申し出を受けながらも、芸者の身を引け目に感じて身を引こうとしたおたみでした。
「俺は何がなんでも蘭学で身を立てる。そのためには、わかってくれる女房でなきゃ駄目なんだ。そんな女は今まで会ったことがない。おまえしかいないんだ。だから」
そこまで言われて、おたみは初めて、ありがたいと感じた。そして自分が麟太郎に惚れていると、はっきり自覚した。
(『おたみ海舟 恋仲』P.72より)
勝麟太郎の求婚の言葉と、渋田、置屋の女将らの後押しもあって、麟太郎と祝言を上げて、溜池近くのあばら家で新生活を送ることになります……。
本シリーズで、英傑ばかりでない、地に足の着いた生活感のある幕末小説を楽しみたいと思います。
物語の中に登場する、麟太郎の父・小吉と母・お信の、けた違いの夫婦関係に圧倒されますが……。
妻の視点から偉人との実生活を描いた小説では、同じ著者の『猫と漱石と悪妻』があります。妻の夏目鏡子さんが主人公の、漱石一家の生活奮闘記です。
★目次
一 なれそめ
二 貧乏旗本
三 黒船の引波
四 咸臨丸へ
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『おたみ海舟 恋仲』(植松三十里・小学館文庫)
『猫と漱石と悪妻』(植松三十里・中公文庫)