稲葉一広(いなばかずひろ)さんの時代小説デビュー作、『戯作屋伴内捕物ばなし』(ハヤカワ時代ミステリ文庫)を紹介します。
著者は、脚本家として、「下町ロケット」「人形佐七捕物帳」(製作BSジャパン)「ぼんくら」(NHK木曜時代劇)など、数多くの映画・ドラマの脚本に参加し、本書が小説家デビュー作となります。
「ミステリマガジン」誌2018年5月号から2019年1月号まで5回にわたって連載したものに、書き下ろしの「葛ノ葉狐の文箱」を加えて1冊にまとめたものです。
町娘がかまいたちに喉笛切られて死んじまった!――金と女にだらしないが、口先と頭は冴えまくる戯作屋・伴内のところには今日も怪事が持ち込まれる。空を飛ぶ幽霊、産女のかどわかし、くびれ鬼による呪い死……伴内とその仲間、怪異が怖い岡っ引きの源七、美男の石つぶて名人・仙太らは、江戸にはびこる怪奇がらみの謎また謎を、鮮やかに解き明かしてみせる。妖の正体見たり、枯尾花!愉快痛快、奇妙奇天烈捕物ばなし
(本書カバー裏の紹介文より)
本書の主人公広塚伴内(ひろづかばんない)は、酒、女、化け物、謎解き、寄席、手妻の六つに目がない、ついでに金と甲斐性もないという大層な変わり者の戯作者です。
時代は、町人文化華やかなりし文化・文政の御世。この伴内を筆頭に、腕っこきの岡っ引き・稲荷町の源七、芝居小屋の木戸番・飛礫の仙太、毒舌美人女絵師のお駒、源七の子分・がってん久助、瓦版屋・早耳の万吉らが寄り集まって、江戸の町に起こった妖しき事件の謎、怪しい事件のからくりを、鮮やかに解いてみせます。
貧乏町医者のような総髪に、やや小太りの丸顔と何とも年齢不詳だが、どこか愛嬌のある子狸のような顔立ち。着古した唐桟の着物の上に褞袍を引っ掛け、手あぶりの前に陣取った姿は、まるでひねた招き猫さながらだ。
(『戯作屋伴内捕物ばなし』P.11より)
森美夏さんのカバーイラストがまさにイメージにピッタリです。
浅草稲荷町の煎餅長屋に暮らす伴内は、戯作者を生業にしていますが、知る人ぞ知る趣味人好みの読本ばかり書いているため、世間的にはほぼ無名です。長屋に移り住んでから五年になるが、前歴は不明。
野次馬根性旺盛で怪談・奇談の類に目がなく、怪しい事件の真相を鋭く見抜く推理の冴えがあり、幽霊、化け物、祟りにまつわる怪談仕立ての犯罪を解き明かし、瓦版の文案を書いたり、礼金にありついたりして、どうにかその日その日を暮らしています。
本書は、目次から想起できるように怪談に題材をとった、妖のせいにでもしなければ実現不可能な犯罪に、伴内が挑みます。化け物や幽霊が苦手な岡っ引き、稲荷町の源七をからかうために、元ネタとなる談話を披露しながら、事件の真相を解き明かしていきます。
第一夜「鎌鼬の涙」
第二夜「猫又の邪眼」
第三夜「産女の落とし文」
第四夜「縊れ鬼の館」
第五夜「土蜘蛛の呪い」
第六夜「葛ノ葉狐の文箱」
それぞれの話には、アリバイ崩しがあったり、暗号解読があったり、トリックを見破ったりと、本格推理ミステリの華である謎解きシーンがあります。
探偵役の伴内が「正体見たり枯尾花(かれおばな)」とつぶやく場面から始まるエンディングで、スカッとさせられ、時にはほろりとさせられます。
また、物語全体を通じて、伴内の仲間にも打ち明けていない過去が明らかになっていくところにも興趣がそそられます。
ミステリの老舗出版社・早川書房から生まれた、本格捕物ミステリの誕生です。
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『戯作屋伴内捕物ばなし』(稲葉一広・ハヤカワ時代ミステリ文庫)