矢野隆さんの歴史時代小説、『鬼神(おにがみ)』(中公文庫)を入手しました。
本書は、『大江山絵詞』(大江山絵巻)や『御伽草紙』などで流布している酒呑童子の伝説をモチーフにしています。
平安時代の長徳元年(995年)に、一条天皇が大江山に住む鬼の征伐に、源頼光と藤原保昌らを向わせたといわれています。
「大力の青年・坂田公時は武士になるため都へ上る。初めて知る身分の境に戸惑う彼は、ある日「鬼」の噂を耳にする。一方、神の棲まう山・大江山では食糧たる獣たちが姿を消す。里の長である朱天は仲間たちのため、盗みを働く決断を下す。公時と朱天、都と山、人と鬼――二つの魂が交錯する時、歴史を揺るがす戦が巻き起こる!
(本書カバー裏の紹介文より)
本書の主人公は、昔話でおなじみの足柄山の金太郎こと、坂田公時です。
衝撃が、脳天から足元まで駆け抜ける。
ぶつかりあった瞬間、坂田公時の鼻を濃い獣臭が襲った。黒い強毛におおわれた躰を、湿り気を帯びた熱が包んでいる。全身に生えた針金のように硬い毛の先端が、露わになった公時の肌を刺す。しかし鍛えあげられた褐色の肌を突き破るほどのものはひとつもなかった。
(『鬼神』P.9より)
物語は、十七歳の公時が、七尺を超える羆(ヒグマ)と己が躰で闘うシーンから始まります。そこには、相撲を取っているような牧歌的な雰囲気はありません。
足柄山で母と暮らしていた公時のもとに、源頼光とその郎党の渡辺綱が訪れます。綱と立ち合って敗れた公時は、母の命で頼光に従い、亡き父に負けない武人となることを命じられます。
著者には、平将門を描いた『東国の覇王 将門』や源為朝を描いた『朝嵐』など、荒ぶる魂を抱きながら、敗者となった武人を描いた歴史時代小説があり、その戦闘シーンの臨場感、躍動感は目を見張るものがあります。
本書で、公時の都での成長と挫折、そして、鬼・酒呑童子(朱天)との対決がどのように描かれていくのか、期待に胸が膨らみます。
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『鬼神(おにがみ)』(矢野隆・中公文庫)
『東国の覇王 将門』(矢野隆・PHP文芸文庫)
『朝嵐(あさあらし)』(矢野隆・中央公論新社)