山手樹一郎(やまてきいちろう)さんの時代小説、『江戸ざくら・金四郎桜』(捕物出版)を紹介します。
本書は、山手樹一郎「遠山金四郎作品集」全四巻のうちの第3巻となります。
既刊の『遠山の金さん(上・下)』が二十二話からなる短編連作形式であるのに対して、本書は中編の「江戸ざくら」と「金四郎桜」の二編を収録しています。
「金さん捕物帖」の続編として昭和30年~33年に執筆された、長編連作「江戸ざくら」および「金四郎桜」の2編を収録。
父、遠山景晋の帰府を巡り何度も命を狙われる金さん、謎解きに加えて、誘拐されたお玉を救う金さんなど活劇シーンも豊富。女軽業師のお駒など多彩な脇役を配置して展開される波乱万丈の物語。
明朗快活な「山手調」の魅力あふれる痛快時代小説。
(Amazonの紹介文より)
「江戸ざくら」には、「武州金」という図々しくて一筋縄でいかない小悪党が登場します。自称遊び人で暇を持て余している金さんは、武州金の誘い出しに乗って出かけ、両国橋で女軽業師のお駒の危難を救ったことから、剣難に見舞われます……。
長崎奉行として勤務中の父・遠山景晋に関連して、金さんが何度も命を狙われます。『遠山の金さん(上・下)』は一話完結の短編で不可解な事件の謎解きが中心でしたが、本書では謎解きに加えて、知恵と度胸があふれる活劇シーンが堪能できます。
「難しい役まわりなんですね」
「うむ、姐御でなくちゃとてもつとまらねえ大役だ」
「いやんなっちまうなあ。人の女房にやきもちを妬かしたり、出逢い茶屋で女のお臍を見た男を洗ったり、憎まれ役ばかりなんだもの」
「まあ我慢しろよ。娘の命が一つ助かるんだからな」
「そりゃそうだけど、あたしばかり憎まれて、可愛がられるのはお玉だけだと思うと、つまらなくなっちまう」
(『江戸ざくら・金四郎桜』「金四郎桜」より)
本書の読みどころの一つが、お玉の可憐さに対抗する、コケティッシュな魅力あふれるお駒の存在。明朗闊達な山手ワールド全開という感じでうれしい作品集です。
さて、「遠山の金さん」こと、遠山左衛門尉景元は知行五百石の旗本で、天保時代に江戸北町奉行を務めた能吏で、時代劇や時代小説でおなじみの人物です。青年時代に家を出て町屋で放蕩生活を送り、その頃に桜吹雪の彫り物をしたといわれています。
TV時代劇では、遊び人の金さんが悪事を突き止めた場面で、片肌を脱いで桜吹雪の彫り物を見せつけて悪人たちを気絶させます。後日、捕縛された悪人たちが北町奉行所のお白洲に引き出されて吟味に掛けられます。犯行を否認し、証人として遊び人の金さんを呼ぶように訴える悪人に対して、片肌脱いで桜吹雪を見せて啖呵を切る遠山奉行に子供ながらにカタルシスを覚えたことを記憶しています。
昭和二十年代に発表された山手版の「遠山の金さん」では、第1話「家出ざくら」(『遠山の金さん(上巻)』収録)で、遊び人デビューをして、ひょんなことから柳橋の船宿相模屋の居候となり、相模屋の看板娘お玉と恋仲となります。
また、その原型となった昭和十五年に雑誌に発表された「売出し遠山桜」も『遠山の金さん(下巻)』に収録されていて、同じストーリーながら、表現の違いなど相違点も多くて興味深く読み比べることができます。
「あなたさまはお旗本御大身三千石、遠山左衛門尉さまの御次男、金四郎さまと申し上げるそうでございますね」
(中略)
「人違いさ。おれは、相模屋の金さんだ」
「本当――?」
「ご近所では、お玉ちゃんの金さんともいってるそうだよ」
「ね、はぐらかさないで」
お玉はつい甘い声になって、手がそっとひざへつかまっている。
「だれがはぐらかすもんか。そうだ。ひとつ安心のいくようにほりものをしてやろうかな。ほりもののある若様なんてのは通用しねえからな」
(『遠山の金さん(上巻)』第1話「家出ざくら」より)
本シリーズでは、彫り物は、お玉の愛情にこたえて屋敷に帰らない意志を示すため入れたとしています。そのため、作中では、捕物時のアクションシーンで片肌脱ぎになることはなく、仲が進展したお玉に見せるのみと実に奥ゆかしいです。
●書誌データ
『江戸ざくら・金四郎桜』
著者:山手樹一郎
発行:捕物出版
ISBN:978-4-909692-08-5
オンデマンド版初版発行:2019年4月20日
ペーパーバック
335ページ
底本:「江戸ざくら」(桃源社 昭和33年1月10日5版)、「金四郎桜」(桃源社 昭和33年7月10日発行)
目次
江戸ざくら
金四郎桜
■Amazon.co.jp
『遠山の金さん(上巻)』(山手樹一郎・捕物出版)(山手樹一郎 遠山金四郎作品集 第1巻)
『遠山の金さん(下巻)』(山手樹一郎・捕物出版)(山手樹一郎 遠山金四郎作品集 第2巻)
『江戸ざくら・金四郎桜』(山手樹一郎・捕物出版)(山手樹一郎 遠山金四郎作品集 第3巻)