東郷隆(とうごうりゅう)さんの長編戦国時代小説、『風魔と早雲』(エイチアンドアイ)を紹介します。
本書は、名刀や銃器、甲冑などをテーマにした著作物もあり、戦場に精通した作家・東郷隆さんが、満を持して世におくる長編歴史小説です。
主人公は、元宮中楽人にして催眠術使いの笛吹兵衛太郎定光、またの名を風祭の小太郎。そして、九代将軍足利義尚の申次衆の伊勢新九郎(後の北条早雲)です。
金の亡者・日野富子、魔法使いの管領・細川政元らに牛耳られた崩壊の予兆にまみれた室町幕府。
傀儡の将軍家に申次衆として仕え、実姉の息子・今川龍王丸の復権を目指し、細々と、けれどしたたかに日を送る伊勢新九郎(後の北条早雲)。
そんな彼の前に現れた、元宮中楽師にして催眠術使いの笛吹小太郎。「光にして悪」の伊勢新九郎
「闇にして善」の風魔小太郎
交錯(スパーク)する二人の出会いは、やがて幻妖な渦を巻き起こし、後南朝復興を企む異形異類「鬼」たちが蠢き、大地は鳴動する……。
押し寄せる波濤のなかで、人間は如何に殺し合い、支えあい、生きてゆくのだろうか?!
(Amazonの紹介文より)
応仁の乱が終わって五年目の文明十五年(1483)の八月、荒廃した洛中に風邪が流行り、“風”の鬼追いの騒動が起こるところから、物語は始まります。
騒動の渦中で催眠術を使う小太郎を、新九郎は仲間に引き入れようとします。一度は断りながらも、四条河原者と犬神人と争って都にいることができなくなった小太郎は新九郎に雇われ、駿河に下ることになります。
駿河には実姉の息子・今川龍王丸が今川家の家督相続の渦中にいました……。
“風”と“雲”が下克上が沸騰する都で出会い、やがて東に下り、躍動していきます。
北条早雲を描いた歴史時代小説には、司馬遼太郎さんの『箱根の坂』や伊東潤さんの『黎明に起つ』、富樫倫太郎さんの「北条早雲」五部作など、傑作があります。
本書は、博覧強記の著者が最先端の歴史研究、時代考証を取り入れる一方で、著者の一連の作品に貫かれた幻想性とエンターテインメント性が融合されています。その物語世界に知らず知らずのうちに、ぐいぐい引き込まれていきます。
伊豆の地に置かれた、堀越公方の足利茶々丸と南朝ゆかりの女幻術師・野分のキャラクターも光っています。
なぜ、伊勢新九郎(北条早雲)は駿河でなくて、伊豆で旗揚げをしたのか。本書を読み進めていくなかで明らかにされていきます。
「小太郎よ。見えたぞ」
国成は椀の底を指差した。
「伊勢新九郎は、汝にとって表、即ち光じゃ。汝はこの男といる時、まさに陰となる。しかし、汝は闇にありながら善である。伊勢は悪じゃ。汝はその凶悪さに嫌気がさして、一度は別れるであろう。しかし、再び出合う」
(『風魔と早雲』139ページより)
一族の長老・国成は笑いながら「汝には女難の卦も出ている」と告げられます。
物語を通して、小太郎のもつ人間的な魅力が光っています。
人々が容易く殺し合う殺伐とした時代が描かれているにもかかわらず、本書は読み味がよく物語を堪能できます。
●書誌データ
『風魔と早雲』
著者:東郷隆
発行:エイチアンドアイ
ISBN:978-4-908110-09-2
初版第一刷発行:2019年4月19日
装幀:幅雅臣
432ページ
「風魔と早雲」「茶々丸狂乱」(『季刊歴史ピープル』1995年新年号・同盛夏号)を大幅に加筆・修正したもの。
目次
第一章 河原風流
第二章 嘯
第三章 東下り
第四章 安倍川
第五章 鬼市
第六章 伊豆問答
第七章 謎立
第八章 茶々丸狂乱
第九章 堀越攻め
第十章 小田原併呑
第十一章 大地震
エピローグ
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『風魔と早雲』(東郷隆・エイチアンドアイ)
『新装版 箱根の坂(上)』(司馬遼太郎・講談社文庫)
『黎明に起つ』(伊東潤・講談社文庫)
『北条早雲 – 青雲飛翔篇』(富樫倫太郎・中央公論新社)