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『おいらん若君 徳川竜之進 仇花』

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花魁若君が江戸の震撼させる「滝夜叉姫」の正体を暴く

おいらん若君 徳川竜之進 仇花双葉文庫より刊行された、鳴神響一(なるかみきょういち)さんの文庫書き下ろし時代小説、『おいらん若君 徳川竜之進 仇花』を紹介します。

本書は、尾張徳川家七代当主徳川宗春の御落胤ながら、吉原の花魁として育てられた徳川竜之進を主人公にした、痛快伝奇小説「おいらん若君 徳川竜之進」シリーズの第2弾です。

残暑の吉原が純白に染まる紋日、八朔。決して客と同衾せぬ伝説の花魁篝火は凄絶な白無垢姿で道中し、男たちを悶絶させる。だが、その正体は、なんと幼少より吉原に匿われし尾張家の御落胤、徳川竜之進! 江戸を騒がす妖術遣い「滝夜叉姫」一行の噂を耳にした竜之進は、隠し隧道から廓を抜け、胡乱な美姫の素性を暴くべく夜の上野へと乗り込む。

物語は、安永二年(1773)八月朔日(八朔)に始まります。

天正十八年(一五九〇)の八月朔日に徳川家康が駿府から江戸城へ入った日で、これを祝って八朔は登城日と定められ、営中では旗本、大名たちが白帷子で将軍に拝謁して祝賀を申し述べる定めとなっていました。

この営中での習慣にならい、新吉原でも遊女たちは白無垢の小袖を着るのがしきたりとなった紋日となっていました。

 今宵は篝火も、しきたりにならって、白無垢小袖を身につけていた。
 雪のような小袖が、篝火の冷たく澄んだ顔立ちにあまりに似合う。
 微塵の甘やかさも持たぬのが篝火の美貌である。
 翡翠のごとく輝く彫りの深い顔立ちの中で、両の瞳は強い輝きを放つ。引き結ばれた紅い唇が開くさまを、誰もが憧れ待ち望む。

(『おいらん若君 徳川竜之進 仇花』P.9より)

新吉原随一の花魁の艶姿を見せる篝火ですが、この春に売り出して以来、篝火を我が物とした遊客はただの一人もいません。多くの分限者や素封家が金を山と積んでも、通人や洒落者が粋やら知恵やらで挑んでも、振られ続けるばかりです。

それもそのはず、篝火は世を忍ぶ仮の姿。その実、尾張徳川家七代当主宗春のたった一人の男子、徳川竜之進宗光です。

宗春は生前、八代将軍吉宗と全面的に対立したために、その忌避に触れて失脚しました。公儀の顔色を窺う尾張家重臣たちは、宗春嫡子の竜之進を邪魔な存在として抹殺しようしました。その命を受けた御土居下衆に、寝込みを襲われ、嬰児の竜之進は生命を狙われ、母は殺されました。

その折、名古屋城下から決死の思いで竜之進を救い出し、ここ新吉原に隠したのは尾張徳川家筆頭家老成瀬隼人正正泰配下の甲賀の女忍者の美咲と、成瀬四鬼と呼ばれる四人の甲賀者たちです。

以来十七年が経過しましたが、御土居下衆は今も竜之進の命を狙っています。新吉原の名代の花魁が、尾張徳川家嫡流の男子と思う者はこの世のどこにもいないため、竜之進は幼い頃から花魁となるための修練を積んできました。

 大川からさわやかな夜風が吹いている。
 今宵も竜之進は、浅草山之宿町の煮売屋「椿屋」に顔を出した。
 大門から堂々と外へ出たわけではない。竜之進は微行で町へ出る時には、初音楼の隠し隧道を使う。
 初音楼の敷地内に密かに設けられた入り口から、田町二丁目はずれの音無川河畔の出口まで、二町(約二一八メートル)を越える隧道が大門や日本堤の真下を貫いている。

(『おいらん若君 徳川竜之進 仇花』P.26より)

竜之進は、地味な旗本の部屋住み姿になりを変えて、新吉原を抜け出して、浅草山之宿町の煮売屋「椿屋」で酒を飲むのが息抜きです。

三十過ぎの女将加代に、亡き母の面影を重ね合わせ、そこの常連で、御徒見習の役に就いている武士の大田直次郎と一緒に、市井の話をしたり、酒を酌み交わしたりします。

直次郎は、後に南畝、蜀山人として文名を轟かすことになりますが、この時は二十五歳の貧乏御家人に過ぎません。

読売屋「扇屋」の手伝いをしている楓から、滝夜叉姫という大昔に死んだ妖術使いの行列が丑の日の夜に出てきて、その行列に出会った人は五寸釘を胸に刺されてみんな死んでしまうという話を聞きます。

平将門の娘五月姫は、父と一族郎党を殺されたことを恨んで、京の貴船明神に丑の刻参りをして、満願の日に荒御霊から、滝夜叉の名と妖術を授かりました。滝夜叉姫は、下総国へもどり夜叉丸や蜘蛛丸といった手下を集めて、朝廷を滅ぼそうと反旗を翻したという伝説がありました。

成田山の不動明王の護摩札を身につけていれば、滝夜叉姫の妖術から身を守れるということで、巷では一枚一分の高額な護摩札が売れているといいます。大火事や大嵐、疫病の流行もみんな滝夜叉姫の祟りだと噂されているともいいます。

折しもその日は丑の日。竜之進と直次郎、楓は、谷中の感応寺裏に、滝夜叉姫見物に出かけることになります。

 四人の仕丁(貴族の雑役夫)姿の男たちが腰輿を恭しく担いでいる。
 金泥で飾られた黒漆の屋根を持つ輿の上には……。
 下げ髪の若い女が泰然と座って前方を見つめている。
 白の小袖の上に薄紅色の袿を羽織って、紅の打袴を穿いている。
 これまた古風な公家の娘の装束のようである。
 火灯りで照らされた顔は細面で、目鼻はくっきりとしている。
 遠くではっきりとは見えないが、美しい面立ちの若い女である。
(あれが滝夜叉姫か)
 竜之進はまばたきするのも忘れるほど、滝夜叉姫の姿を見つめ続けていた。

(『おいらん若君 徳川竜之進 仇花』P.61より)

雛人形の段飾りが行列を作るような古風な王朝風の一行を見て、竜之進は「化けの皮を剥がしてやるか」と心の中でわき上がってきた気持ちを抑えられず飛び出そうとします。が、影ながら竜之進を護衛する女忍び・百合によって止められてしまいます。

その後、竜之進と直次郎は、旧知の老中田沼主殿頭意次から呼び出されます。江戸の町を震撼させて、夜の外出が減ることで人々の金の流れを滞らせる、滝夜叉姫の正体を探るように命じられます。

一方、吉原では深更に不審な小火騒ぎが連続して起こりました。竜之進は、初音楼の奉公人に身をやつした、甲賀の四鬼の力を借りて、忌むべき火付け犯捜しをはじめます……。

本書の面白さは、尾張徳川家のご落胤が新吉原一の花魁という奇想天外な設定に加え、竜之進の無鉄砲な若者らしい行動の痛快さにあります。滝夜叉姫のような伝奇色あふれる登場人物と、ストーリー展開も魅力です。

加えて、感応寺の富くじの賑わいぶりやその山域内にある笠森稲荷社門前の水茶屋の看板娘・お仙の逸話、交代寄合の登場など、江戸情緒や史実が巧みに物語に織り込まれている点も見逃せません。

◎書誌データ
『おいらん若君 徳川竜之進 仇花』
出版:双葉社・双葉文庫
著者:鳴神響一

カバーデザイン:長田年伸
カバー剣術指導:金山孝之
カバーイラストレーション:山本祥子

発行:2018年9月16日
602円+税
270ページ

●目次
第一章 八朔
第二章 滝夜叉姫
第三章 江戸の華
第四章 見性院
第五章 花房家
第六章 月下の仇花

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『おいらん若君 徳川竜之進 仇花』(鳴神響一・双葉文庫)(第2作)
『おいらん若君 徳川竜之進 天命』(鳴神響一・双葉文庫)(第1作)