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『花だより みをつくし料理帖 特別巻』

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三組の男女の愛のカタチと、二人の心をつなぐ料理たち

花だより みをつくし料理帖 特別巻ハルキ文庫から刊行された、高田郁(たかだかおる)さんの文庫書き下ろし時代小説、『花だより みをつくし料理帖 特別巻』を紹介します。

澪が大坂に戻ったのち、文政五年(一八二二年)春から翌年初午にかけての物語。店主・種市とつる家の面々を廻る、表題作「花だより」。澪のかつての想いびと、御膳奉行の小野寺数馬と一風変わった妻・乙緒との暮らしを綴った「涼風あり」。あさひ太夫の名を捨て、生家の再建を果たしてのちの野江を描いた「秋燕」。澪と源斉夫婦が危機を乗り越えて絆を深めていく「月の船を漕ぐ」。

シリーズ完結から四年、登場人物たちのその後の奮闘と幸せとを料理がつなぐ特別巻。著者の高田郁さんの作家生活10周年の記念作品でもあり、ファンにはうれしい限りです。

 ああ、お澪坊だ。
 お澪坊が俺を呼んでいる。
 俺ぁここだ。ここに居るぜ、お澪坊。
 もう四年も会えてねぇから、俺の顔も忘れちまったんじゃねぇのかよぅ。
「お澪坊よぅ」
 自分の声に、種市は驚いて飛び起きた。

(『花だより みをつくし料理帖 特別巻』「花だより」P.10より)

七十四になり、老いの自覚が出てきた、料理屋「つる家」の店主種市は、半月ばかり前に風邪を引き込み、身体が弱っていたところに、気の滅入る出来事があった。

周囲に話せば心配をかけるだけ。つる家の元料理人で娘同然のお澪ならこっそり打ち明けられるが、そのお澪は四年前に大坂へ戻ってしまっています。

種市は化け物稲荷で、大坂から流れてきた水原東西と名乗る易者に、「来年の桜を見ることは叶わない」と告げられます。

「この戯け者どもが」
 唐突に、罵声が調理場に響き渡った。見れば、首から上を朱に染めて、清右衛門が仁王立ちになっている。
「真実、会いたいのなら、さっさと会いに行けば良いのだ。それを遠いだの店がどうだの、と見苦しい言い訳をするな」
 
(『花だより みをつくし料理帖 特別巻』「花だより」P.30より)

余命を知った種市のお澪の幸せを見届けていないこと。種市は、戯作者の清右衛門、版元の坂村堂と一緒に大坂に向けて旅立つことに……。

「乙緒、そなたは小野寺家の宝です。なれど、心を見せないそなたと、それを酌もうしない数馬の間に、埋めようもない深い溝が出来たなら何とする。そなたひとりが苦しみ、思い詰めたなら何とする。そのことが、私には案じられてならぬのです」
 
(『花だより みをつくし料理帖 特別巻』「涼風あり」P.105より)

小野寺数馬の妻、乙緒(いつを)は、大目付を務める父から、弱みをみせぬよういかなる時も動揺せず、喜怒哀楽を面に出さないよう、心のうちを露わにしないように厳しく育てられました。

屋敷の者たちからは「とにかく変わっている」「何を考えているのかわからない」「能面のようだ」と評されていました。

十七歳で数馬に嫁いで六年、悠馬という嫡男にも恵まれながらも、あるきっかけから、数馬からは心から愛おしいと想われていないという思いにとらわれています……。

「ひとの生き死にに『もしも』を持ち込んだなら、遺された者は前へ踏みだせない」
 身を固くしている娘の細い肩に、助五郎は大きな手を置いた。
「充分に悲しむことは大切だが、今さら『もしも』を持ち出したところで、先に逝った者は決して喜びはしまい。(後略)」

(『花だより みをつくし料理帖 特別巻』「秋燕」P.171より)

あさひ太夫の名を捨て、生家の「高麗橋淡路屋」を再建した野江。しかしながら、大坂には女は家持ちにも店主にもなれない「女名前禁止」という掟があり、三年内に淡路屋を委ねられる男を店主に立てねばなりません。

ところが、野江は、自身の命と引き換えに野江が生き直す道筋をつけてくれた吉原の料理番又次のことが忘れられません……。

「同じ夢ばかり、繰り返して見るのです」
 掠れた声だった。
「どのような夢でしょう」
 女房に問われ、源斉は左の掌を広げて自身の顔を覆う。
「月も無く、星も無い。暗い暗い闇の海で、船を漕いでいる。そんな夢です」

(『花だより みをつくし料理帖 特別巻』「月の船を漕ぐ」P.243より)

大坂のまちを疫病が襲う中、奮闘する医師の源斉。多くの患者とその家族から「助けて」と縋られながらも、なす術もなく、その命の灯が絶えるのを見守るしかない、辛い日々を送った末に、自身も倒れてしまいます。

澪は、夫の深い失意と孤独と無念にあらためて気づき、夫が健康を取り戻すまで、お店を閉めることを決めます。しかし、……。

本書は、数馬と乙緒、野江と淡路屋の番頭辰蔵、澪と源斉、三組の男女が登場し、想いの詰まった料理を通して、心が通じ合う様が描かれていて、ホロリときます。

老いた体を励まして、箱根の山を越える種市をはじめ、みをつくしファミリーからの幸せのお裾分けを楽しみました。

※高田郁さんの「高」は「髙」が正しい表記ですが、機種依存文字のため、「高」を使用しています。

◎書誌データ
『花だより みをつくし料理帖 特別巻』
出版:角川春樹事務所・ハルキ文庫
著者:高田郁

装幀:アルビレオ
装画:卯月みゆき

第1刷発行:2018年9月8日
600円+税
297ページ

文庫書き下ろし

●目次
花だより――愛し浅蜊佃煮
涼風あり――その名は岡太夫
秋燕――明日の唐汁
月の船を漕ぐ――病知らず
巻末付録 澪の料理帖
特別付録 みをつくし瓦版

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『花だより みをつくし料理帖 特別巻』(高田郁・ハルキ文庫)