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『本丸 目付部屋 権威に媚びぬ十人』

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大目付の非道と対決する、「武家の鑑」十人目付

本丸 目付部屋 権威に媚びぬ十人二見時代小説文庫から刊行された、藤木桂(ふじきかつら)さんの文庫書き下ろし時代小説、『本丸 目付部屋 権威に媚びぬ十人』を紹介します。

幕府の目付は、定員十名。江戸城本丸御殿の「表(おもて)」(表向ともいう)のほぼ中央に位置する「目付部屋」で執務をしていました。

幕府の秩序維持のため、幕臣たちが欲得や怠惰に溺れて幕政を乱すことがないように、ありとあらゆるところに目を付けて監察します。

うまくいっていない役方(部署)があれば改善の方法を、不行跡な幕臣が見つかればどう処分すべきかを、目付十名が「目付部屋」で合議して、処分内容が全員一致で決議すれば、それを直属の上司である若年寄方に上申します。

十人いる目付のなかで、もっとも目付の職務に精通していて、他の九人の同僚から信望が厚い者が筆頭として目付方の長、「筆頭目付」に選ばれ、上司である若年寄方と連絡を取り合っていました。

早朝、大名の行列と旗本の一行がお城近くで鉢合わせ、旗本方の中間がけがをしたのだが、手早い目付の差配で、事件は一件落着かと思われた。ところが、目付のでしゃばりととらえた大目付の、まだ年若い大名に対する逆恨みの仕打ちに、目付筆頭の妹尾十左衛門は異を唱える。さらに大目付のいかがわしい秘密が見えてきて……。

本書の主人公、妹尾十左衛門は、その筆頭目付を務めています。二十三の歳に目付に抜擢されて二十年、筆頭目付を任されてからも十年のキャリアがある、目付の練達者です。

「今泉が傲慢な性質であるのは、いっこう構わぬ。今泉が自分の職である使番に誇りを持つあまりに尊大になっておるのであれば、可愛いものだ。だが一点、拙者が今泉をどうにも『良し』とできぬのは、今泉が対峙する相手によって、態度を変えることだ。これはいけない。目付が相手の身分だの権勢だのにおもねって、その度毎さまざまに態度を変えていては、目付として『是を是』、『非を非』と言えなくなるではないか。この一点、目付としての根本が今泉は欠けるゆえ、拙者は誰が何と言おうと、断固として、今泉を目付に迎える訳にはまいらぬと思う」

(『本丸 目付部屋 権威に媚びぬ十人』P.21より)

本書の序で、目付に欠員が出て、新任の人選をするシーンが描かれています。

二人とも使番(将軍の使いとしてあれやこれやと立ち働く役目)で、二十四歳の桐野仁之丞ともう一人は三十七歳の今泉靖之助です。桐野はかなり若めの人材だが、頭の回転が恐ろしく速く、一緒に仕事をする機会が多い目付たちの印象も良い。一方の今泉は使番の古参で老中松平右京大夫の推薦もあるが、癖もある人物です。

合議で候補が絞られていく過程が面白いです。
そして、新任の目付の任官式は、江戸城本丸御殿の「柳之間」で執り行われます。

新参の目付が、古参目付ら全員を前に、『仮令、老中の事たりとも、非曲あらば言上すべし』という一節を含む心得書を唱えて誓うという、「柳之間誓詞」も描かれていて興味津々のまま、物語は第一話「城なし大名」に突入します。

「いやなに、我が主君・森川紀伊守が駕籠の内よりご貴殿をお見かけいたしてな。『まずは何より妹尾どのにご挨拶をしてまいれ』との君命で、不肖、拙者・戸田亥兵衛めが罷り出た次第にござるよ」
 
(『本丸 目付部屋 権威に媚びぬ十人』P.32より)

江戸城至近の霞ヶ関の路上で、城内本丸へと出勤を急ぐ幕臣旗本の行列が、ちょうど通りかかった大名家の行列と接触して、喧嘩口論となり、旗本家の中間一人が刃傷により手傷を追う事件が起こりました。

幕臣である旗本が起こした事件なので、目付の出番です。

事件現場で、十左衛門は、一方の大名家である下総生実藩一万石・森川紀伊守の江戸家老戸田亥兵衛から挨拶を受けてしまいます。

目付が扱うのは、幕臣である旗本や御家人に関連する案件のみで、大名家に関わる案件については、目付ではなく「大目付」が取り扱うことになっています。

事件の詳しい状況を聞き取った十左衛門ら目付は、穏便な処分を上申しますが、十左衛門を敵視する大目付の美作石見守により、城なしの小大名の森川紀伊守は虐めに近い待遇で、他家にお預けの処分となりました……。

「おい十左、本当に気をつけろよ。美作は、あれでも十分、恨みに思うていようからな」
「はい。有難う存じまする」
 心から礼を言って、十左衛門は、小出信濃守の下部屋を後にした。

(『本丸 目付部屋 権威に媚びぬ十人』P.69より)

第二話「廃嫡願い」では、家禄二百石の旗本飯田岳一郎から、出された養子縁組および家督相続の願書に不審を覚えた若年寄方から、目付に調査の命が下ります。家禄二百石の飯田家に、七百石の水上家から養子が来るのか、調べることになります。

婿ではなく養子として他家から跡継ぎの男子を取る場合、両家の間に血縁関係がなければ幕府に認めてもらえません。

第三話「櫓の内」では、目付の宿直明けに、城中にある目付専用の湯殿で湯浴みの後で見かけた不思議な光景に不審を覚えた十左衛門らが、真相を突き止めていきます。

夜明けまで半刻近く前、城勤めの者が通勤してくるにはあまりにも早すぎる刻限に、十五、六人の男たちが「御台所前櫓」に続く石垣を列をなすように次々と上がっていきました。そこは半ば物置と化し、普段はまったく人の通らない場所なため、警固の番人も置いていません。

第四話「密告」は、表坊主の梶山道玄が大奥の作事に関する不正の噂話を、目付の一人、清川理之進の耳に入れるところから始まります。十左衛門から調べを任された清川は……。

この話では、十左衛門を目の敵と憎む、大目付の美作石見守が再び登場し、事件に絡んできて、興趣を高めます。

第五話「人倫」では、役高百俵五人扶持の闕所物奉行の佐伯成右衛門が、十七歳になる自分の娘を吉原に売り、百両もの大金を稼いだとして、城中で噂になっている案件を探索します。

『闕所』というのは、罪を犯して死罪や島流し、江戸追放などに処せられた場合に、その者の領地や財産を幕府が没収することである。
 旗本や御家人のなかにそうした闕所者が出ると、闕所物奉行は配下を連れて、ただちにその者の屋敷に出向き、家具や調度類などを没収して、入札にかけ、売却するのが仕事であった。

(『本丸 目付部屋 権威に媚びぬ十人』P.242より)

闕所物奉行という役所は、大目付の支配下で、奉行といっても役高は少なく、闕所のない暇な折は、大目付より命を受けて、雑用に働くことも多いといいます。

十左衛門らの調べはうまく進むのか、はたまたここでも美作石見守の恨みを買うことになるのか……。

本書の主人公は十左衛門ですが、スーパーヒーローとして、一人で事件を次々と解決していくのではなく、他の九人の目付たちと役割分担を決めて、手分けして探査にあたります。そして、調べ上げた事実をもとに真相を明らかにして、合議により処分を若年寄に上申します。

まるで、警察小説のようなチームプレーが楽しめます。(警察というよりは検察のような役割かと思いますが)

目付というと、“妖怪”こと鳥居耀蔵のイメージからか、怖い存在だったり、清廉過ぎて融通の利かない、近寄りがたい人だったりで、時代小説の中では散々な描かれようです。
しかし、本書では、序の「柳之間誓詞」を読み進めてから、公平で正義感のある颯爽とした目付像に魅了されます。

千葉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。テレビドラマの企画脚本などを経て、本格時代小説に挑戦。本作品でデビュー。
(本書カバー掲載プロフィールより)

著者プロフィールによると本作がデビュー作ということですが、時代小説のツボを押さえた面白作品で、続編も含めて楽しみな作家がまた一人誕生しました。

◎書誌データ
『本丸 目付部屋 権威に媚びぬ十人』
出版:二見書房・二見時代小説文庫
著者:藤木桂

カバーデザイン:ヤマシタツトム(ヤマシタデザインルーム)
カバーイラスト:西のぼる

初版発行:2018年7月25日
648円+税
299ページ

文庫書き下ろし

●目次
序 柳之間誓詞
第一話 城なし大名
第二話 廃嫡願い
第三話 掟破り
第四話 密告
第五話 人倫

●描かれている時代
明和二年(一七六五)師走

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『本丸 目付部屋 権威に媚びぬ十人』(藤木桂・二見時代小説文庫)