女子だけを教える手習い所の新米師匠奮闘記
三國青葉(みくにあおば)さんの文庫書き下ろし時代小説、『心花堂手習ごよみ』(ハルキ文庫)を紹介します。
著者の三國さんは、2012年に第24回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した『かおばな憑依帖』(受賞時のタイトルは「朝の容花」)で時代小説デビューし、『忍びのかすていら』などの著作をもつ新進気鋭の作家です。
日本橋の小松町にある「女筆指南心花堂(にょひつしなんこはなどう)」は、匂坂初瀬(こうさかはつせ)が師匠をつとめる、女子だけを集めた手習い所。ながらく師匠をつとめていた伯母が倒れたため、初瀬はつとめていた旗本の奥祐筆を辞め、心花堂を継ぐこととなった。
しかし習うと教えるは大違いえ、初瀬はとまどう。大店の娘で我儘なお千代を叱ったことがきっかけで、四人を残してすべての筆子に去られてしまう。けれども厳しいながらも信念を持つ伯母や、住み込みで働く政吉にお藤の力添えで少しずつ、筆子たちの信頼を取り戻してゆく……。
ヒロインの匂坂初瀬は、十八のときから十二年間、五百石の旗本三枝家の奥向きで祐筆をつとめていましたが、伯母の片桐久乃が中気で倒れたため心花堂を継ぎ、手習い所の師匠をはじめます。
手習い所の師匠が子どもの字を直す際は、向かいに座ったまま逆さまに字を書くのが常であった。つまり子どもの側から見て正しく読めるように書く。
これを倒書といい、大勢の子どもの書を一時に直すには非常に都合が良い。ゆえに必須の技とされていた。倒書ができない手習い所の師匠は、もぐりと言われても反論できぬほどだ。
(『心花堂手習ごよみ』P.11より)
久乃は見事な倒書の技を持っていて子どもたちの信頼や尊敬を集めていました。初瀬は、急に引き受けることになったとはいえ、師匠として倒書ができない自分にコンプレックスを感じていました。
その負い目もあり、手習いを怠けておしゃべりを続けていた、江戸でも指折りの廻船問屋の末娘・お千代を叱責します。それをきっかけに、三十二人いた心花堂に通う筆子たちは、浪人の娘八重と、菓子屋の娘のお園、小間物屋の娘のお梶、呉服屋の娘のお多喜の幼馴染三人組の四人を残して、辞めてしまいます。
「筆子がそなたに失望していたというのなら、それは倒書とは関わりがない。子どもというものはあれでけっこう鋭いもの。おおかた、手習い所の師匠など引き受けるのではなかっただの、祐筆に戻りたいだのという、そなたが心でつぶやいた愚痴に勘付いたのじゃな」
未熟な上に熱意もない名ばかりの師匠が頭ごなしに叱りつけたのだ。筆子たちが初瀬を見限るのも無理はない。
(『心花堂手習ごよみ』P.18より)
初瀬は筆子が四人に減ったことを久乃に報告すると、久乃から多くの筆子たちが辞めた本当の理由を指摘されます。「心花堂は、単に読み書きや算盤のみを習う場にあらず、生きていく上で最も大切な、人の倫を教えねばならぬ」と諭され、気持ちを新たにします。
本書では、江戸の手習い所(寺子屋)の様子が詳細に描かれている点が挙げられます。倒書のほかにも、実際にどのように教えられているかがわかります。
さて、初瀬は四人の筆子たちと親睦を深めるために、墨堤に花見に出かけます。
筆子たちとの会話が弾まないまま、現地解散した後、筆子のお園は酔っ払いの浪人者に絡まれてしまいます。お園の危難に初瀬は意を決して、浪人の前で土下座をして謝りますが、説得が通じず、男は逆上するばかり……。
筆子たちの危難や事件を通じて、初瀬は次第に筆子たちを気持ちを通わせるようになり、奮闘努力を重ねながら、次第に信頼を勝ち取っていくことになります。
師匠としての成長ぶりが楽しめます。
墨堤の事件で知り合った南町の定町廻り同心の朝比奈多聞や、初瀬が祐筆をつとめていた旗本三枝家の当主の末弟伊織が、それぞれに初瀬に想いを寄せます。しかしながら、奥手で恋に鈍い初瀬は気がつきません。
初瀬の仕事も恋も気になる、キュートな女子時代小説の誕生です。
◎書誌データ
『心花堂手習ごよみ』
著者:三國青葉
角川春樹事務所・ハルキ文庫
第1刷発行:2018年6月18日
ISBN978-4-7584-4175-9
本体620円+税
装幀:かがやひろし
装画:丹地陽子
210ページ
●目次
主な登場人物
第一話 倒書
第二話 いずみ屋
第三話 朝顔
第四話 小弥太
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『心花堂手習ごよみ』(三國青葉・ハルキ文庫)