山田剛(やまだたけし)さんの『巡見使新九郎 無双の拝領剣 尾張の野望』がコスミック・時代文庫を紹介します。
将軍吉宗のご落胤ながら、北町奉行の稲生下野守の次男として育てられた、新九郎が活躍する、痛快時代小説シリーズの第3弾です。
新九郎は、日ごろは日本橋室町の浮世小路界隈に遊んでいて、町の者からは「浮世小路の新九郎」と呼ばれ親しまれていました。その新九郎が将軍吉宗に召し出されて、吉宗の取り組んできた改革の成果が見て来てくれと懇願されて、巡見使を命じられます。
人の真を最後まで信じようとする男ながら、一分の真も持ち合わせぬ邪悪には、吉宗から拝領した備前国の名刀、小龍景光(こりゅうかげみつ)を手に、怒りの剣を振るいます。
将軍吉宗の名代となり、隠密の巡見使として世直し旅を続けていた稲生新九郎……。だが上方を目指していた矢先、思いも寄らぬ報せが届く。江戸の新九郎の屋敷が何者かに襲われ、若党と下男が命を落としたという。急ぎ江戸へ戻れ、との将軍下命を受け、一行は東海道を下った。
しかもその道中、新九郎は度々、命を狙われることに。果たして今度の襲撃事件の真の狙いとは? やがてその背後に、公儀に対し敵愾心を燃やす尾張藩の政治的野心が絡んでいることを知る。将軍家と御三家筆頭の対立――天下を二分しかねない騒乱を避けようと、ついに新九郎は重大な決意を秘める。
シリーズの第1巻、第2巻では、吉宗の名代として、信濃路から伊勢路を経て、和歌山へと諸国を巡見して、世直し旅を続けてきた新九郎。
ところが、和歌山街道の大石宿を過ぎたところで、加納遠江守と北町奉行稲生下野守の使者の、北町奉行所隠密廻り冬木香之介により、書付がもたらされます。書付には、新九郎の留守宅が何者かに襲われて、若党と下男が命を落としたこと。吉宗から江戸に戻れとのご下命が書き記されていました。
御庭番の川村源右衛門、その娘・篝、三浦左平次を供に巡見の旅をしていた、新九郎は、冬木を供に加えて、伊勢本街道を引き返して東に向かい、名古屋城下に入ります。
そこで、新九郎らは知見堂を名乗る総勢五十人ほどの集団に興味を持ちます。
先頭中央には総髪で軍学者然とした理知的な風貌の武士、その両隣には、猛々しく敵意に満ちた目をした男と、反対にお抱え能役者のように優しげで気品のある男が肩を並べている。
いずれの列にも十四、五人にほどの浪人、若党、足軽、中間が続いていた。
「あれが知見堂の者たちか」
源右衛門が冬木に訊いた。
総勢五十人ほどの知見堂の集団は、張り詰めた気を漂わせながら政秀寺の山門をくぐり、本堂の前に大きく広がり居並んだ。
(『巡見使新九郎 無双の拝領剣 尾張の野望』P.58)
政秀寺は、織田信長が守役だった平手政秀の菩提を弔うために建立した寺で、寺の西側には歴代尾張家当主が敬い、手厚く庇護する名古屋総鎮守府、若宮八幡社があります。
物語では、新九郎一行は、名古屋から、三河吉田宿、駿府府中宿、由井宿と、足を進めて、行く先々で悪政や災害に苦しむ庶民を助けながら、由井正雪を想起させるような知見堂の集団とも深く関わっていきます。
そして、新九郎がシリーズ最大級の危難に遭遇します……。
「その文様は露芝だな」
「上様がこう仰せられた。将軍は葉陰の露でなければならぬと」
「葉陰の露……」
「自ら光ろうとせずとも、政に真を尽くせば、後の世の者がその功績を照らすであろうから、粛々と歩むのみ、そう仰せられたかったのであろう」
宗春はしみじみとした口調になった。
(『巡見使新九郎 無双の拝領剣 尾張の野望』P.341)
物語の終盤では、尾張家当主の徳川宗春と新九郎が対面を果たします。
人情味豊かな勧善懲悪の痛快さを楽しみながら、一方では、史実や時代考証、舞台の説明を丁寧に織り交ぜられていて、かの地で起こる悪事も絵空事ではなく、現代に通じるようなリアリティがあって、物語に引き込まれます。
◎書誌データ
『巡見使新九郎 無双の拝領剣 尾張の野望』
著者:山田剛
コスミック出版・コスミック・時代文庫
初版発行:2018年6月1日
ISBN978-4-7747-1437-0
670円+税
カバーイラスト:浅野隆広
346ページ
●目次
序章 襲撃
第一章 抜け荷の罠
第二章 夫婦石
第三章 不忠者
第四章 あやうし新九郎
第五章 激闘!尾張戸山屋敷
終章 独り旅
文庫書き下ろし
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『巡見使新九郎 無双の拝領剣』(山田剛・コスミック・時代文庫)
『巡見使新九郎 無双の拝領剣 将軍の夢』(山田剛・コスミック・時代文庫)
『巡見使新九郎 無双の拝領剣 尾張の野望』(山田剛・コスミック・時代文庫)