講談社文庫より刊行された、荒崎一海(あらさきかずみ)さんの文庫書き下ろし時代小説、『門前仲町 九頭竜覚山 浮世綴(一)』を紹介します。
「闇を斬る」や「宗元寺隼人密命帖」などのシリーズで、ファンを虜にする荒崎さんの最新シリーズの始まりです。
雲州松江の粋人大名松平治郷の気まぐれで、学問一辺倒だった九頭竜覚山(くずりゅうかくざん)は、門前仲町に仮寓することになった。この堅物兵学者に、深川一の売れっ子芸者米吉が惚れたのだから、わからない。
料理茶屋万松亭の主に、覚山は通りの用心棒をたのまれる。ある夜、料理茶屋青柳で芸者が殺された!
物語に描かれている時代は、寛政九年(1797)初春。
本シリーズの主人公は、松江藩七代藩主松平出羽守治郷のお抱えの兵学者、九頭竜覚山です。
覚山は国もとの里山で暮らし治郷のお召しによって登城していましたが、参勤交代をする治郷から江戸へまいらぬか、江戸屋敷の文庫のうほうが国もとよりもたくさんの書物がそろっていると誘われて、昨年五月に江戸深川の花街である門前仲町で暮らしを始めました。
治郷は、藩財政を立て直した名君で、この年四十七歳。文化三年(1806)に隠居して、不昧と号した茶人として名高い粋人でもあります。
覚山は年が明けて三十三歳になった。身の丈は五尺七寸(約一七一センチメートル)で、かくばった顔つき躰つきをしている。それでいて、まるでいかめしくない。団栗眼と団子鼻のせいだ。
(『門前仲町 九頭竜覚山 浮世綴(一)』P.17より)
覚山は、家伝の水形流の達人でもあり、門前仲町にある料理茶屋万松亭の裏の長屋に暮らし、書見に励むかたわら、喧嘩があれば用心棒として擂粉木(すりこぎ)を手に駆け付けて、騒動を収めます。
国では村の後家が夜這いをかけると、裸足で山へ逃げ出したほどの堅物でしたが、深川一の売れっ子芸者の米吉(およね)におしたおされて男女の仲になり、米吉を妻と迎えました。
暮六つ半ごろ、覚山は料理茶屋青柳から呼び出されます。二階の座敷で芸者房次が首を一文字に切られて死んでいました。房次は客を女将とともに表まで送っていき、忘れ物をしたのでと二階に取りに戻ったが、おりてこないので女将が様子を見に行って死んでいるのを見つけたという。
喜平次が、顔をむけた。いぶかしげな眼だ。
「若学問の師だと聞いてたが、おめえさん、死骸ははじめてじゃなさそうだな」
覚山は首をふった。
「はじめてでござる。ただ、殿にお文庫への出入りをお許しいたあきました。御仕置例類集などのほか、『無冤録』という上下巻の書物が……」
喜平次が眼をまるくした。
「無冤録だと。驚いたな」
元の時代の法医学書である。室町時代末期に伝来したとされる。元文元年(一七三六)に、日本の実情にあわせて翻訳、明和五年(一七六八)に刊行された。上巻は、肉体部位の名称、検使(検屍)の注意点など。下巻は、死因と死体の特徴などの具体例が述べられている。
(『門前仲町 九頭竜覚山 浮世綴(一)』P.46より)
覚山は、本所深川を持ち場にしている北町奉行所定町廻り同心の柴田喜平次とともに、事件の真相を追うことになります。
殺された房次の客でその後行方不明になっていた、深川伊沢町の太物問屋山形屋の主五郎兵衛が佃島の浜で水死体で見つかりました。
そして、芸者と船頭の相対死する事件が起こります。最初の芸者殺しと関係があるのか。先の読めない展開に、謎がますます深まっていきます。
右から殺気。
左爪先で地面を蹴り、まえに跳ぶ。宙で上体を捻る。袈裟懸けをかわされた敵が白刃を返し、薙ぎにきた。
右足、左足と地面をとらえる。さらに後方に跳ぶ。
白刃の切っ先が、袴をかすめる。
両足が地面をとらえる。敵がふたたび白刃を返して踏みこんできた。摂津が逆袈裟に奔る。
敵の右腕つけ根を両断。肋を裂き、左肘を両断。
白刃が落ち、敵が右肩からくずれおれる。その陰からのこった敵が脇差で突きにきた。摂津を燕返し。脇差を弾きあげ、弧を描いた摂津が、右胸から左胸へ一文字に肋を断ち、心の臓を裂く。(『門前仲町 九頭竜覚山 浮世綴(一)』P.284より)
「摂津」は摂津の刀工による、二尺三寸(約六九センチメートル)の太刀で、覚山の愛刀です。ファン待望の圧巻の剣戟シーンも堪能できます。
文武両道の達人の覚山が、新妻のおよねによって、学問一辺倒ではわからない世界があることを知り、タジタジになる場面も微笑ましいです。
複雑に絡まった謎と江戸の闇で蠢く正体不明な敵に対して、スーパーヒーローが発揮する鮮やかな剣技と推理が魅力。荒崎さんの魅力が詰まった新シリーズ、誕生。次巻の刊行が待ち遠しいです。
◎書誌データ
『門前仲町 九頭竜覚山 浮世綴(一)』
出版:講談社・講談社文庫
著者:荒崎一海
カバーデザイン:片岡忠彦
第一刷発行:2018年4月13日
680円+税
347ページ
●目次
第一章 用心棒
第二章 見まわり
第三章 芸者と船頭
第四章 船火事
第五章 なみだ雨
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『門前仲町 九頭竜覚山 浮世綴(一)』(荒崎一海・講談社文庫)