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幕臣の家庭の安泰を守る、婚活の救世主登場

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結婚奉行辻井南青紀(つじいなおき)さんの時代小説、『結婚奉行』(新潮文庫・刊)を紹介します。

プロフィールによると、著者の辻井さんは、2000年に「無頭人」で朝日新人文学賞を受賞し、その後も純文学系の作品を発表してきた作家さん。2011年に刊行した『蠢く吉原』が時代小説第一作で、本書は時代小説の二作目になります。

六尺超の大男、桜井新十郎は泣く子も黙る火付盗賊改の同心……から「結婚奉行」配下となった。持参金目的の婚姻を取り締まり、幕臣意識を正すための老中肝煎りの新職制。とはいえ、剣はイケても、男女の機微に不調法。賢妻きくと盟友高山の助けを借りて武家の婚活を支える。とある仇討ち絡みの一件で奉行所の不正を指摘した新十郎は、突如投獄されてしまうのだが……。

最初、「結婚奉行」というタイトルを見たとき、結婚情報誌が名付けた新語かと思いました。江戸時代に実在はしない、作者オリジナルのお役目ですが、読み進めていると、実在したようなリアリティがあり、とても面白く読むことができました。

主人公の桜井新十郎は、「身の丈六尺の巨躯は肩と上腕が猛々しく盛り上がって、面長の大顔はぎょろりとした両目に太い眉、ひとというより鬼に近い、それも赤鬼である」と描写される、荒仕事に適したコテコテの同心です。

その新十郎が、武家の婚活に奔走する姿はコミカルで、自然に笑みがこぼれます。ユーモア小説かと思わせる人物設定ですが、「消えた花婿」の話では、婚儀の朝に失踪した花婿の行方を追う、ハードボイルドなミステリー仕立てとなっています。

二話目の「お家断絶願い」では、二千石の旗奉行を務める高齢の幕臣が先祖代々継いで来たお家の断絶を自ら願い出るという、江戸開府以来、誰も聞いたことがないような事案を扱うことになります。

幕臣の家庭の安泰が公儀の礎、金次第の世の中を正すことを務めとする、結婚奉行配下の新十郎は、その幕臣から「この江戸の市中のどこかに、目に見えぬ門があるそうじゃ」という不思議な話を聞くことになります……。

「金平娘(きんぴらむすめ)」の話。
新十郎は、旗本や豪商、豪農など、富裕な家柄の娘たちが、秘かに集まって、悪い噂を立てて縁談を破談にしたり、市中の若い男を集めてよからぬ遊びに興じているという話を聞き込み、なんと新十郎が身を偽ってその集まりに潜入することになったから、さあ大変。

猪突猛進で頓珍漢なことをしでかす人物、金平(坂田金時の息子)が登場する金平浄瑠璃にちなんで、声が大きくて気の強い娘たちにつけられた呼び名です。

結婚奉行配下の同心の活躍ぶりを一話完結で描く、時代小説と思っていたら、物語は、後半の連作三篇で大反転をみせます。

ネタバレになるので詳しく書けませんが、仇討ち絡みの一件で奉行所の不正を指摘した新十郎は、老中松平定信と田沼派残党の抗争に巻き込まれて、投獄されることになります。
ここから物語はシフトチェンジして、佳境に入ります。ジェットコースターに乗ったかのように、手に汗握りながら結末まで一気に読み進めることになります。

「火盗改を外れて身も心も鈍った気がしていたが」
 きくは穏やかに微笑んだ。
「強くなくては情け深さを持つことはできません。お前様のこの新しいお役目、一にも二にも、おなごのこころがわからないとどうにもならぬ、ほんとうに大切なお役目でございますね。きくは、わが夫君がこうしたお役目を果たされているのを誇らしく思います」
「なぜ、そこまでに喜ぶ」
「なぜと言うて、おなごを助けるお仕事ですよ。ひとを裁くのではなく、幸せにするのでございましょ」
 新十郎はいきなり大きな青空に出くわしたような心持になった。気恥ずかしさで、ごつごつした手の平で顔をこすった。

(『結婚奉行』P.55より)

新十郎は、幕臣たちの婚活の救世主を目指すわけですが、その心強いパートナーが妻のきくです。苦難にあっても互いを信じ合い、大切に思う、この二人の夫婦像を見ることが、婚活の最良の特効薬かもしれません。

仕事や、家庭生活に少しストレスを感じたりしたとき読むと、癒されて心が少し軽くなる一冊です。

本書は、『縁結び仕り候 結婚奉行』(2014年5月・新潮社刊)を文庫化に際し、改題の上、大幅に加筆修正したものです。

◎書誌データ
『結婚奉行』
著者:辻井南青紀
カバー装画:山本祥子
デザイン:新潮社装幀室

出版:新潮社・新潮文庫
第1刷発行:2018年4月1日
590円+税
359ページ

●目次
消えた花婿
お家断絶願い
金平娘
しづと源蔵
江戸の鬼火
大黒様

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『結婚奉行』(辻井南青紀・新潮文庫)