福原俊彦さんの文庫書き下ろし時代小説、『隠密旗本』が光文社文庫から刊行されました。
「生類憐みの令」の下で江戸を騒がす「闇」に、「影廻衆」に任じられた旗本の次男坊と犬小屋奉行が挑む、痛快時代小説です。
世は元禄。公儀の手先「影廻衆(かげまわりしゅう)」として密命を果たす旗本高鳥家の三男坊・三郎太は、ある夜、商人が犬に襲われているところに居合わせた。
三郎太は柳生新陰流の豪剣で商人を救うが、背後に何者かの策謀があることに気づく。不仲の犬小屋奉行・行平斗真とともに、謀略を仕掛ける黒幕を追う……。
時代は元禄十四年(1701)十月。
主人公の高鳥三郎太は、年の頃は二十を少し超えたところ。背が六尺ほどで筋肉隆々。眉は太く鼻は高い。大きな目に力があり、顔の彫りも深い。右頬には大きく刻まれた傷があって、強面な風貌をしています。
柳生新陰流の遣い手で、師範や師範代をまとおめて叩きのめして道場を破門されて、鬼天狗とも呼ばれていました。
高鳥本家は、三河以来徳川家に仕えている、広く知られた部門の家。二代前の本家の当主が時の幕閣に苦言を繰り返したことから、四千石あった知行を三千石に減らされ、本家も分家も無役となっていました。
その三郎太は、日本橋横山町の大通りで暴れ馬を斬り殺して、通行人を救ったことから、犬小屋奉行の行平斗真と知り合い、側用人・松平右京大夫輝貞のもとで「影廻衆」を務めることになります。
斗真は、三十歳。二百石取りの旗本で、四谷の犬小屋を預かり、管理と差配を行う犬小屋奉行(役料三百俵)を務めています。
色白で、体つきも細身、年よりも若く見えるが穏やかながら落ち着いた気配を纏っています。刀を抜くのを嫌がり、護身用として刀とは別に鉄杖を持ち歩くといった武士らしくない振る舞いが目立ち、物腰も低すぎて、配下にも丁寧な口を利く、周囲からは少々変わった旗本とみられています。
犬小屋奉行にもかかわらず、犬が苦手というのがご愛敬です。
外見も性格も正反対で、事あるごとに対立をする、斗真との掛け合いに自然と笑みがこぼれます。
「旗本奴風情に値をつけられる覚えはないが」
「そう言うな。高鳥家分家の三男、高鳥三郎太といえば、俺たちの間では一目置かれていると知ってほしいのだ。……なあ、お上品な柳生新陰流の島村道場では嫌われているのだろう。身の振り先もないはずだ。俺たち旗本奴と立場は同じではないか」(中略)
「断る!」
一瞬前まで喜色満面だった旗本奴が、「何」と慌てた声をあげた。
「俺は旗本奴が大嫌いでな」
三郎太は、歯を剥き出し、獲物を狙う獣のように笑う。(『隠密旗本』P.100より)
旗本奴・水野十郎左衛門成之の遺児(同名)が登場します。
成之は、備後福山藩主・水野勝成の孫にあたり、町奴の大物・幡随院長兵衛を殺した末に、不行跡が続いたことで、寛文四年(1664年)三月に切腹を言い渡されました。
二人の対決は、池波正太郎さんの『侠客』にも描かれています。
将軍綱吉が「生類憐みの令」を定めたのは、戌年生まれだからとか、母。桂昌院が帰依する高僧・隆光の言葉を信じたからという噂がある一方で、命を粗末にする戦国の遺風を払い、泰平にふさわしい新しい世を作るためのものとも言われています。
命を粗末にして、傾く水野十郎左衛門らの旗本奴の存在が、生類憐みの令下の江戸をより際立たせます。
「……なんと羨ましいことだ。俺も貴殿のように死地に挑みたかった。まさに武士の本懐ではないか」
「今の世の武士の得物といえば筆と紙と算盤、死ぬのは畳の上です。大義をもって剣を振るい、しくじれば討ち死にし、ことを為せば切腹。どちらであっても名誉でありましょう」(『隠密旗本』P.275より)
また、三郎太は、赤穂浪士の不破数右衛門、武林唯七ともかかわっていきます。
吉良邸討ち入り事件にどのように絡んでいくのか、ストーリー展開も楽しみです。
◎書誌データ
『隠密旗本』
著者:福原俊彦
光文社・光文社文庫
初版第1刷:2018年2月20日
ISBN978-4-334-77448-6
本体720円+税
カバーデザイン:多田和博
カバーイラスト:森豊
329ページ
●目次
第一章 犬と刀
第二章 武士の意地
第三章 名誉と死
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『隠密旗本』(福原俊彦・光文社文庫)