中央公論新社から刊行された歴史時代小説アンソロジー、『幕末暗殺!』を紹介します。
谷津矢車さん、早見俊さん、新美健さん、鈴木英治さん、誉田龍一さん、秋山香乃さん、神家正成(かみやまさなり)さんという、七人の実力派作家が幕末の暗殺をテーマに競演します。
七人は、実は、歴史小説イノベーションを掲げる、時代小説家の団体、「操觚の会(そうこのかい)」のメンバーです。
歴史時代小説界に風穴を開けんという信念のもと、作家が集い「操觚の会」が正式に発足したのは、平成二十八年春のことである。
会員は創立時から徐々に増え、今は十六人を数える(平成二十九年十一月三十日現在)。
秋山香乃、朝松健、芦辺拓、天野純希、荒山徹、神野オキナ、神家正成、蒲原二郎、木下昌輝、杉山大二郎、鈴木英治、新美健、早見俊、誉田龍一、箕輪諒、谷津矢車。
この十六人はいずれも第一線で活躍する手練ればかりで、誰も読んだことがない、新たな歴史時代小説を執筆しようという意欲に満ちている。
(『幕末暗殺!』あとがき P.316 より)
「操觚の会」の代表を務める鈴木英治さんによれば、この上ないメンバーがそろったことから、操觚の会として、歴史に題材を取ったアンソロジーの出版企画が持ち上がったことは当然の流れだそうです。
(ということで、本書収録の作品は書き下ろしです。)
本書では、桜田門外の変から、清河八郎や佐久間象山、坂本龍馬の暗殺、新選組による油小路の変、孝明天皇の毒殺説まで、血塗られた幕末の暗殺事件の数々を時系列に掲載しています。
〇谷津矢車さんの「竹とんぼの群青」
嘉永七年(1854)、水戸藩士・水戸藩士・黒澤忠三郎は友人の菅原彦右衛門と、藩命で西洋式銃の買い付けに奔走し、一丁の銃コルトM1851を入手します。その後、忠三郎は順調に出世し、彦右衛門は銃の複製の責任者となります……。
桜田門外の変で使われた鉄炮に焦点を当てながら、尊皇攘夷の渦の中で翻弄される若者像を描いた青春小説です。
〇早見俊さんの「刺客 伊藤博文」
文久二年(1862)十二月、伊藤俊輔(後の博文)は、品川弥二郎から、国学者・塙忠宝(はなわただとみ)の暗殺をする仲間に誘われます。忠宝は、盲目の国学者・塙保己一の息子で、老中の命を受けて廃帝の研究をしているという噂が流れていました。
明治四十二年(1909)十月、ハルビンでの自身の暗殺と、四十七年前の若き日に勤皇の志士として伊藤が関わった暗殺の因果をドラマチックに描いています。
〇新美健さんの「欺きの士道」
文久三年(1863)四月、浪士取締出役・佐々木只三郎は、実兄で会津藩士の手代木直右衛門から、浪士組の清河八郎の暗殺を命じられます。
「清河は一介の郷士。幕臣でも藩士でもなく、仕える主君を持つ武士ではない。浮浪の犬の頭なり。ゆえに侍の理を知らぬ。それゆえ、はなはだ危険なのだ」と言われ、得体の知れない、鵺のような男・清河八郎をいかにすれば斬れるのか。
会津の、そして幕府の密偵ながらも、武士の矜持を持った只三郎は悩みます。
ハードボイルドタッチで描く暗殺劇に、士道とは何かの答えがあります。
〇鈴木英治さんの「血腥き風」
元治元年(1864)六月、三条実美の警護役を務める肥後細川家の河上彦斎は、同輩の宮部春蔵の兄である鼎蔵が京の三条の旅籠池田屋で新選組によって討たれたという報せを聞きます。春蔵は兄の仇討ちを誓い、彦斎はその助太刀を申し出ます。
仇は新選組なのか、池田屋襲撃の黒幕は誰なのか?
事件の鍵を握る人物として土方歳三が登場します。
河上彦斎は、「人斬り彦斎」と呼ばれ、冷酷で怖い人のイメージがありますが、本編では心熱き尊皇攘夷の志士の一人、普通の若者として描かれています。
〇誉田龍一さんの「天が遣わせし男」
慶応三年(1867)十一月、京都見廻組の桂早之助は、同輩の今井信郎と、京河原町の醤油屋近江屋の見張っていた。近江屋には、中岡慎太郎と坂本龍馬が滞在していました。
龍馬暗殺の実行犯・桂早之助にスポットを当てた短篇。
京都所司代同心から京都見廻組へ異動してくる来歴が描かれていて興味を覚えました。
西岡是心流の小太刀の名手ぶりを知り、暗殺とはいえ、北辰一刀流の遣い手であった龍馬が容易に殺されてしまったのかという疑問が解けました。
暗殺シーンを読みながら、京都の霊山歴史館に展示されている、龍馬を斬った脇差(桂家から寄贈)の怜悧な美しさを思い出しました。
〇秋山香乃さんの「裏切り者」
慶応三年(1867)十一月、御陵衛士に間者として潜っている斎藤一は、反幕府側から狙われている賀陽宮(かやのみや)より呼び出されます。賀陽宮は、先帝の墓を暴いて、毒殺の証拠をつかむ調査をするために。
本編では、苛烈な運命のもとで醸成されていく、斎藤と藤堂平助との友情を描いています。裏切り者で人斬り、無間地獄に落ちかけて自分を救う者は、かけがえのない友。
センチメタリズムが心地よい作品です。
〇神家正成さんの「明治の石」
明治四年(1871)、外務卿兼右大臣・岩倉具視の乗った馬車に、長州出身の若者が声を掛けます。「先帝の崩御の儀について伺いたい」と。岩倉は、男に短刀を預け、自分が帝を毒殺したかどうか、一年で調べるように命じます。
男は、木戸孝允やアーネスト・サトウ、勝海舟、西郷隆盛、大久保利通に面会して、事件についてインタビューをしていきます。やがて、導き出した答えは……。
孝明天皇の毒殺をテーマにし、結末では真相とともに、探偵役の男の正体も明かされるというミステリータッチの作品です。
幕末は明治の始まりであることを認識させてくれ、アンソロジーのアンカーをつとめるのにピッタリの作品でした。
七人の志士が、歴史時代小説への熱い思いを込めて、想像力と推理力を駆使して描いた七編は、それぞれの作者の美質がほとばしっていて魅力的です。
幕末という男たちの血が沸騰した時代をイノベーティブ(新機軸で革新的に)に描き、個々の物語は互いに共鳴しながら、一つの世界観のある作品(アンソロジー集)に仕上がっています。
「操觚の会」の次なる活躍が楽しみです。
◎書誌データ
『幕末暗殺!』
著者:谷津矢車/早見俊/新美健/鈴木英治/誉田龍一/秋山香乃/神家正成
中央公論新社
初版発行:2018年1月25日
ISBN978-4-12-005039-8
本体1,600円+税
装幀:中央公論新社デザイン室
装画:「桜田変之図 一・二」(第五図、東京大学史料編纂所所蔵)
318ページ
●目次
竹とんぼの群青 谷津矢車
刺客 伊藤博文 早見俊
欺きの士道 新美健
血腥き風 鈴木英治
天が遣わせし男 誉田龍一
裏切り者 秋山香乃
明治の石 神家正成
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『幕末暗殺!』(谷津矢車/早見俊/新美健/鈴木英治/誉田龍一/秋山香乃/神家正成・中央公論新社)