時代小説家羽太雄平(はたゆうへいさ)さんが、最新作『凄い男』をAmazon Services Internationalよりセルフ・パブリッシングで刊行しました。
羽太さんは、1991年『本多の狐』で第2回時代小説大賞を受賞し、その後も『峠越え』から始まる「与一郎シリーズ」で熱狂的なファンをもつ時代小説家です。(私もその一人ですが…)
久々の新作である本書は電子書籍本、しかもAmazon Kindle版のみの刊行になります。
沖とり魚をその場で刺して血を抜くように、あっさり人を殺める「野締めの市蔵」という凄い男がいる。
とっくのむかしに裏稼業は引退した身だが、訳あって今夜もあやつを殺さにゃならない。島流しになったときやむなく捨てた幼子が、拾われた大店のひとり娘として立派に育っている。わがまま一杯、多少のはねっかえりになっちゃいるが、おれにとっちゃ大事な娘だ。悪さをするダニどもを許せるはずもねえ。いますぐ地獄に送ってやるから覚悟しろ。
著者が25年前に発表し、その設定とキャラクターが気に入っているという、“野締めの市蔵”を主人公にした時代小説の連作集です。
それぞれ初出誌・掲載書籍が違う連作4編に書き下ろし1編を加えて、電子書籍化しています。
第一話「三つ穴の卯之吉」「小説現代」1992年3月号(講談社)に掲載。
第二話「消える蝋燭」『江戸闇小路』(1994年5月、実業之日本社刊)
第三話「こぎれ重兵衛」『江戸闇草紙』(1997年7月、実業之日本社刊)
第四話「話し売り伝吉」『江戸闇からくり』(2000年4月、実業之日本社刊)
第五話「尾行まわし」書き下ろし作品
第一話の「三つ穴の卯之吉」は、雑司ヶ谷鬼子母神堂の境内の茶店を営む卯之吉が、鬼子母神に願掛けにやってきた中年の女に声を掛けて、企みに巻き込むところ物語が始まります。
小悪党の卯之吉に対して、やがてカモにした中年女の正体が明らかになり、意外な事実が次々にあきらかになる、ひねりの利いたストーリー展開が絶妙です。
第二話、第三話、第四話では、主人公は職業をもっていながら、非合法な闇仕事に手を染めています。
決まった刻限が経過すると灯が消える蝋燭を作る蝋掛け職人仙太、いろいろな端切れをパッチワークのように縫い合わせて袋物を作る職人重兵衛、八丈島に島流しに遭った身の上話をして、偽の黄八丈を売る「話売り」伝吉など、一風変わったユニークなことで生計を立てる男たちが登場します。
各話では、ユニークな職業をもった男たちが、本業のかたわらで、闇仕事にかかわっていきます。
その標的となるが、大店海苔問屋金子屋のひとり娘・おりょう。錦絵のモデルに描かれるような美少女です。
おりょうは、“野締めの市蔵”とその女房おたつの間の実の娘。今は神楽坂の料理屋の主人で料理人をつとめる市蔵が無実の罪で遠島になった際に、生まれたばかりで捨てられて金子屋に育てられます。
裕福な商家でわがまま一杯に育てられたおりょうは、十五歳ながら、不良と付き合うはねっかりで、物語をかき回して一筋縄ではいかない妙味を加えています。
「卯之吉さんよ。おれが三宅で覚えたのは、料理だけじゃねえのさ。人には言えぬ荒事もちったぁ覚えてしまったのよ」
(『凄い男』第一話「三つ穴の卯之吉」より)
本作品の魅力は、生まれたばかりのおりょうを捨てた負い目と娘への愛情から、陰からその成長を見守る“野締めの市蔵”とおたつの夫婦の行動がなんとも小気味よいのです。
ピカレスク小説ながらも。池波正太郎さんの「仕掛人梅安」シリーズに通じるような、爽快感があります。
書き下ろしの第五話では、三つ穴の卯之吉の事件の後日談として、尾行を得意とする盗賊や牢盗賊、空き巣狙いなどが登場し、おりょうにまたまた危難が訪れ、市蔵一家からますます目が離せなくなります。
本書は、出版社を通さない、著者によるセルフ・パブリッシングです。
AmazonのKindleダイレクトパブリッシング(KDP)という仕組みを使い、電子書籍データの作成から表紙写真、デザインまで、すべて著者の羽太さんがされています。
一人で全部やってしまうところは多才な著者ならではですが、セルフ・パブリッシングのKDPは将来増えていくことが予想される出版スタイルとして注目の手法です。
羽太さんはブログ「雄平遊言」で、「小説家の6次産業化」と題して、制作の裏話を書かれています。こちらも興味深いです。
■Amazon.co.jp
『凄い男』(羽太雄平・Kindle版)
『本多の狐』(羽太雄平・Kindle版)
『峠越え 与一郎見参』(羽太雄平・角川文庫・Kindle版)