金子成人(かねこなりと)さんの、『追われもの(一) 破獄』は、時代小説「付添い屋・六平太」シリーズで人気の作者の新しい時代小説書き下ろしです。
博打の罪で遠島となった丹次は八丈島で平穏に暮らしていた。だがある日、新たに島に送られたきた旧知の男が衝撃の話をもたらす。実家の乾物問屋『武蔵屋』が兄嫁お滝に潰されて、両親は首を吊り、兄・佐市郎は行方知れずだという。
優しい兄の窮状を知った丹次は焦燥にかられ、島抜けをして遥かかなたの江戸を目指そうとするが……。
主人公の丹次は、乾物問屋『武蔵屋』の次男坊だったが、兄・佐市郎に対して劣等感を抱き、十四、五のころから町のゴロツキと群れて喧嘩沙汰や恐喝まがいのことを繰り返していました。その末に、橋場の貸元、欣兵衛の子分となり、二十一の時、実家からは勘当されていた。
悲惨な暮らしをする流人たちの中、八丈島に流されて1年ばかりが経ち、丹次は読み書き算盤ができたおかげで、島役所を手伝いをし、島の娘・七恵と夫婦同然の暮らしをしていました。
その実家の没落を、八丈島で知るとは思いもしなかった。
『武蔵屋』をそのような目に遭わせたのは、自分ではないか――ふと、そんな思いに駆られた。
『武蔵屋』で何があったのか――そのことも気にかかる。(中略)
事の真相を知りたい――突きあげる思いが、丹次の胸の中で弾けた。
(『追われもの(一) 破獄』P.48より)
その日から、丹次は破獄(島抜け)を考え始めます。
自分を取り立ててくれた島役人たちの恩情や、七恵との愛情を捨て、平穏な生活を投げうって、それでも江戸を目指すか、胸の裡を葛藤が渦巻きます。
江戸は、八丈島から海上百五十四里(約616Km)のかなたにあります。しかも八丈島と御蔵島の間には、西から北東へと黒潮が流れて入れ、潮流は速く、川の流れのようで、船乗りから、〈黒瀬川〉と呼ばれて恐れられています。
結局、丹次は、手製の筏で、八丈島から大海原に漕ぎ出し、遥かなる江戸を目指します。
その過酷な脱出行にハラハラドキドキさせられ、物語に引き込まれます。
破獄をして追われものとなった丹次が、兄の行方を突き止められるのか、今後の展開が気になる、新シリーズの始動です。
ところで、八丈島からの島抜けを描いた時代小説では、笹沢左保さんの『木枯し紋次郎』の第一話「赦免花は散った」をおすすめします。
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『追われもの(一) 破獄』
『この時代小説がすごい! 時代小説傑作選』(「赦免花は散った」収録)