鳴神響一(なるかみきょういち)さんの長編歴史ミステリー、『天の女王』がH&I(エイチアンドアイ)から刊行されました。
表紙装画は、ヨーロッパで活躍中の画家・大和田いずみさんの油彩作品です。
十七世紀、スペイン。新旧の巨大勢力がフランス、イギリス、バチカンを巻き込み陰謀の限りを尽くして繰り広げる権力抗争に、若き日本のサムライ(サムライハポン)とスペインの芸術家たちが、“愛”と“美”を賭して立ち向かう……。
本書は、2014年に『私が愛したサムライの娘』で第六回角川春樹小説賞を受賞してデビューし、『鬼船の城塞』や「影の火盗犯科帳」シリーズで活躍されている、鳴神響一さんの最新長編小説です。
物語は、現在のスペインのセビージャで始まります。
フラメンコをこよなく愛し、マドリードの大学で文学を教える島本は、バイラオーラ(フラメンコの踊り手)のリディアから、先祖伝来の古いペンダントを見せられます。
――まったく、天上の特等席からこんな素敵なお祭り見物ができる切符なんぞ、そうざらに手にはいるものじゃあない。
(『天の女王』P.13より)
ペンダントの中には、十七世紀スペインを代表する劇作家のカルデロンの戯曲の一節が刻まれていて、裏面には日本の家紋を思わせる意匠が刻まれていました。
島本とリディアは、ペンダントの謎を解く旅に出て、そこで、十七世紀のスペインを舞台に繰り広げられた驚嘆の物語へと導かれていきます……。
「二人とも不思議な顔をしているな。インディアス(新大陸)から参ったのか?」
フェリペ四世は外記の顔を、面白いものを見るように、しげしげと眺め回した。若き国王は日本人の顔を見た経験はないらしい。
「この者たちは、ハポンです。先王フェリペ三世陛下の御代に、主の栄光を求めて遠いオリエンテからやって参ったドン・フィリッポ・フランシスコ・支倉六右衛門(常長)の使節団に加わっておりました。主の御恵みに心打たれ、我が帝国の繁栄を目の当たりにして、帰国を思い留まった者たちでございます。
サルバティエラ伯爵は、ここぞとばかりに、二人を売り込んでくれた。
(『天の女王』P.60より)
慶長十八年(1613)に、伊達政宗は、仙台とスペインの間の貿易を始めるために、フランシスコ会宣教師ルイス・ソテロを正使に、家臣の支倉常長を副使に選んでヨーロッパへ派遣しました。いわゆる慶長遣欧使節団です。
物語は十七世紀にさかのぼり、主人公は、支倉常長の秘書役の小寺外記と、使節団の警護隊長の瀧野嘉兵衛に代わります。使節団から離脱してセビーリャ(セビージャ)に残った日本人です。
フェリペ四世やイザベラ王妃ばかりでなく、弟宮のアウストリア枢機卿、首席大臣のオリバーレス伯爵、宮廷画家のベラスケスや劇作家のカルデロン、マドリード一の歌姫・タティアナが登場し、圧倒的なスケールで華麗なる物語が繰り広げられます。
それは、すぐれた演者が生み出すフラメンコのように、心地よい陶酔へと誘います。
先日(4月5日)、国賓として来日したスペイン国王フェリペ六世夫妻を招いて、天皇、皇后両陛下が主催される宮中晩餐会が皇居・宮殿「豊明殿」で開かれました。
晩餐会の冒頭で、天皇陛下は、1549年に宣教師のフランシスコ・ザビエルが渡来したのに始まる両国の長年の交流について触れられていました。
交流の歴史の中には、慶長遣欧使節団でスペインに残ったサムライたちがいたんですね。故郷の日本を離れ、遠くスペイン宮廷を舞台にした、若きサムライたちの活躍に胸が躍ります。
慶長遣欧使節団に加わった仙台藩士を主人公にし、スペインを舞台にした時代小説では、佐藤賢一さんの『ジャガーになった男』もおすすめです。
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『天の女王』
『私が愛したサムライの娘』
『鬼船の城塞』
『影の火盗犯科帳(一) 七つの送り火』