羽太雄平(はたゆうへい)さんの傑作時代小説「与一郎シリーズ」の最新作、『ご返上』上・下を読みました。
シリーズ6作目に当たる本書は電子版書き下ろしで、Google Playで上下巻で発刊されています(2016年12月24日時点)。画期的なことは、電子書籍化にあたって、校正、表紙デザインおよび写真、電子化データ作成など、すべて著者自身が手がけた「著者完全版」として配信しています。
天保の大飢饉がはじまり、直参旗本の榎戸家も年貢の軽減、家臣の〔お解き放ち〕で乗り切った。しかし当主榎戸与一郎の心配事は、いぜん佐賀藩に幽閉されている野川小次郞の去就だった。
キリシタン盟主のおゆうと妙鶴尼を唐人船に送り届けた小次郞は、海外渡航幇助の疑いで手配されたと知ると、ただちに天領地を立ち退き佐賀領内の関所において自訴した。江戸柳生家からの紹介状をもって佐賀鍋島家を訪問した経緯から迷惑をかけないための処置だったが、鍋島家当主の肥前守直正は、これに興味を持って城内の小次郞の幽閉所を度々訪ねていた。
江戸の与一郎は、遠山楽土・景元父子の協力を得て、さまざまな方面に小次郞宥免を働きかけていたが、新任老中の水野越前守忠邦から異国船との接触を重大視する〔林家の筋〕の存在を知らされ、おなじころ養子家を除籍された弟の弥三郎が、陽明学徒であるところから〔林家の筋〕に付け狙われていると知るが、果たして幕府昌平坂学問所の林大学頭の使嗾された者の仕業なのかはわからなかった。……。
本書の主人公・榎戸与一郎は、関東の小大名家の家老の嫡男として生まれます。やがて、父弥次衛門の跡を継ぎ、家老をつとめますが、藩主石見守と対立し脱藩することになります。与一郎は酒毒に冒されたり、キリシタンをめぐる争いに巻き込まれたりしますが、家祖から伝わる「神君お墨付き」を切り札に直参旗本に取り立てられるという、波瀾万丈のストーリーがここまで繰り広げられています。
そして、本書では、三百石の旗本の嫡男ながら諸国修行の身で、海外渡航幇助の嫌疑をかけられて佐賀藩に幽閉された野川小次郎を、佐賀藩主の鍋島肥前守直正(後の閑叟)の訪問を受けるところから始まります。
小次郎は石見守家の元目付である奥山左十郎の実子ですが、与一郎にとっては身内同然であり、あらゆる手段や伝手を使って救出にあたります。老中松平周防守が関わったとされる浜田藩の抜け荷疑惑が描かれ、水野越前守忠邦、間宮林蔵、遠山楽土(景普)・景元父子、川路弥吉(後の聖謨)、団野源之進ら、天保期を彩った著名人も登場するのも、本書の見どころの一つです。
「大坂? なぜです。どうしてです。それも鳥居さまの指図なのですか」
(『ご返上』下巻 P.92より)
与一郎の周囲に、林家(岩村藩松平家出身で林家に養子入りし八代目を継いだ林述斎)の筋らしい男の姿がしばしば見かけられるようになり、林家の筋への疑念はますます深まっていきます。次の作品では、述斎の子、鳥居耀蔵が登場しそうで発刊が待ち遠しいです。
Google Playによる電子書籍書き下ろしという刊行スタイルで、これまでよりも著者との距離が近くなり、しかも手ごろな価格で読むことができるのは、ファンとしてはありがたいです。ただ、今回は、PC上で電子書籍を読むことに慣れていないせいで、紙の本を読むのと少し勝手が違いました。これを機に、羽太さんの旧作で第2回時代小説大賞受賞作品『本多の狐』も読み返してみたくなりました。
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