野口卓さんの文庫書き下ろし時代小説、『手蹟指南所「薫風堂」』が角川文庫より刊行されました。
主人公の直春は、西国のさる大名の家臣だった父と母を幼い頃に亡くして、以来、清蔵とサヨの下男夫婦に育てられてきた。二十歳ながら、直心影流の流れを汲む沼田民斎の道場で代稽古を務めるほど腕を上げ、私塾では塾頭を務める文武両道の若者。
浪人・雁野直春は、ある夜、団子坂の坂上で辻斬り強盗に遭った老人を助ける。一刀のもとに賊を斬り捨てた直春は、番屋への届けで夜遅くなり、老人・忠兵衛の家に泊まることになった。忠兵衛は、薪炭商の隠居で、今は隠居所で手蹟指南所(寺子屋)の師匠を務めていた。
命の恩人に加え、その人柄に触れた忠兵衛は、知り合ったばかりの直春に手蹟指南所の師匠の跡を継ぐように依頼する……。
物語は、直春が師匠を務めることとなった手蹟指南所「薫風堂」を舞台に繰り広げられます。三十人あまりいる手習子たちとの交流、直春の出生の秘密などが描かれていく青春時代小説です。
天神机のまわりを巡り、各人の進み具合に応じて教導するのであった。騒ぐ手習子を静め、悪戯を繰り返すとか、何度言ってもわからなければ棒満(ぼうまん)を命じる。水を満たした湯飲み茶碗と火を点けた線香を持たせ、廊下や机の上に立たせる罰であった。
(『手蹟指南所「薫風堂」』P.40より)
体罰ではありませんが、線香が燃え尽きるのはほぼ四半刻(約三十分)で、その間、水をこぼさぬように立ち続けるのは、子供にとって相当にこたえる罰だったようです。
『ご隠居さん』シリーズで博覧強記ぶりを発揮した著者らしく、江戸の教育事情について、物語の中で解説してくれるのも興味深いところです。
手習い師匠を主人公にした傑作時代小説では、岡本さとるさんの『取次屋栄三』や佐藤雅美さんの『手跡指南 神山慎吾』が頭に浮かびます。
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『手蹟指南所「薫風堂」』
『ご隠居さん』(野口卓・文春文庫)
『取次屋栄三』(岡本さとる・祥伝社文庫)
『手跡指南 神山慎吾』Kindle版(佐藤雅美・講談社文庫)