澤田瞳子さんの『ふたり女房 京都鷹ヶ峰御薬園日録』(徳間文庫)を読みました。本書は、江戸後期(享和二年=1802年。天明の大火が14年前)の京都を舞台にした連作時代小説集。
京にある幕府直轄の薬草園、鷹ヶ峰御薬園で暮らす、ヒロインの元岡真葛(もとおかまくず)は、三歳のとき、医師の父が長崎に修業に出たまま行方不明になり、御薬園を預かる藤林家に養われてきました。幼い頃から薬草園を駆け回って育ち、二十一歳の今では、薬草や生薬に関する知識を積み、本道(内科)・外科など医術も身に付けています。
シリーズの第一作になる本作。評判の悪い薬種屋を巡る騒動を描いた「人待ちの冬」。薬効あらたかな観音像を削り薬として与える説法僧が登場する「春愁悲仏」。藤林家の嫡男辰之助と三条西家の当主の弟が時同じくして疱瘡に罹った顛末を描く「為朝さま御宿」。気弱な夫を巡る二人の気丈な妻たちが演じる悲喜劇「ふたり女房」。宮中の年中行事である「粥杖打ち」を取り上げた短編など、全六話を収録しています。
紙屋川は正しくは柏川といい、平安京の西堀川。川べりで禁裏御用の綸旨紙を漉いたことから、この通称がある。
西を大北山、東を洛中を一望する台地に囲まれた鷹ヶ峰は、中央を走る街道沿いに家々が立ち並ぶ狭隘な地。それだけに紙屋川は界隈の人々にとっても、大切な水源である。また御薬園の者たちには、水辺に生える薬用植物を育む、まさに命の川であった。
御薬園の近くの風景が目の前に広がってくる引用は「初雪の坂」からです。随所に出てくる京の町の風景描写の一つでありながら、伏線にもなっていました。物語は、御薬園の薬草が盗まれ、それは商家の隠居の毒殺事件へとつながっていく。事件を解く鍵は、七年前に起こったある事件が……。
短編は、いずれもストーリーにオリジナリティーがあり、事件を通じて真葛の行動と心情が鮮やかに描き出され、彼女の持つ魅力が伝わって来ます。さらに、作品の特徴として、京都に暮らす人々の生活や風習、地理などのディテールがしっかりと綴られている点です。それは、京都時代小説の第一人者であり、唯一の存在である澤田ふじ子さんの作品に通じるものです。
澤田ふじ子さんのお嬢さんで、京で生まれ育ち、同志社大学大学院博士課程前期修了で専門は奈良仏教史という、作者のプロフィールを読むと、瑞々しい魅力あふれる、この見事な京都時代小説が生まれた背景も理解できます。
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『ふたり女房 京都鷹ヶ峰御薬園日録』
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