高橋克彦さんの『風の陣 [裂心篇]』は、8世紀後半を舞台にした大河歴史ロマン「風の陣」の第5弾にして、完結編にあたる。「風の陣」シリーズは、『火怨』『炎立つ』『天を衝く』とともに蝦夷四部作と位置づけられている。
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さて、『風の陣 [裂心篇]』は、前作から九年が経過した、宝亀九年(778)に時代を移す。この年、三十四歳となる伊治鮮麻呂は、陸奥守で、陸奥按察使と鎮守府将軍を兼ねる紀広純の命を受けて、出羽国志波で蝦夷の反乱を鎮圧する。
紀広純が四年前に陸奥に赴任してから、蝦夷と朝廷軍の小競り合いは増え続けていた。鎮守府将軍や陸奥守の一番の手柄は蝦夷を相手とする戦さの勝利で、小さな争いを大きな謀反と奏上し、昇進の手づるとしていた。
「命ほど大事なものはないぞ。たとえ今がどれほど苦しかろうと、人はだれもが、明日こそはと望みを繋ぐ、おれも蝦夷の明日を信じて今を堪えている。ただ泣き暮らす今であってもいい。生きてさえいればいつかは晴れ晴れとした朝を迎えることができよう。だが、その命をないがしろにされればどうなる? 蝦夷には明日など無用ということか?」
(『風の陣 [裂心篇]』P.40より)
反乱した蝦夷の処分をめぐり、蝦夷の安寧と民族の誇りの間で揺れ動く鮮麻呂の思い。一方、道嶋嶋足の異母弟の大楯(おおたて)は、牡鹿の大領の地位に付くが、鮮麻呂とは反りが合わず、陸奥守・広純にすり寄り、その手先となっていた。
大楯を使って、陸奥の黄金を搾取し、蝦夷の反乱を誘発させようと画策する広純。暴挙に耐えて、必死に怒りを抑える鮮麻呂。その攻防はエスカレートしていく。
一人、鮮麻呂だけは青ざめていた。
ぶるぶると体が震える。
〈狼だと! 卑しい蝦夷だと!〉
信じられない言葉であった。
〈朝廷に永年恭順してきた蝦夷を……刈り取って滅ぼせと言うのか!〉
それが他でもない天皇の言葉なのである。
(『風の陣 [裂心篇]』P.330より)
耐えに耐えてきた鮮麻呂は、広純の読み上げる天皇からの勅書に、遂に切れて、蝦夷のために立ち上がる。
物語では、鮮麻呂が蛮勇ではなく、理性的な人物として描かれいる。決起を決めるシーンまでの周到なストーリー展開と心理描写が見事だ。読者は蝦夷に対する偏見を払拭し、鮮麻呂の言動に共感する。実は、私も鮮麻呂が怒りを抑えるシーンでは強く憤り、朝廷に絶望するシーンでは、涙がこぼれた。
「風の陣」五部作を読んだことは、今の自分にとって大きな収穫だった。奈良という時代に目を向け、民族ということに興味を覚えることができた。何よりも面白い物語が堪能できた。
次は阿弖流為(アテルイ)の活躍ぶりを描いた『火怨』を読んでみたい。
■目次
風人
やわ風
厄風
風前
悪風
ねじれ風
風分け
赤風
風起こし
風、風、風
掃き風
衝き風
膨れ風
風流れ
送り風
風寒し
独り風
風溜まり
風のまま
波風
風守り
風の陣