高橋克彦さんの『風の陣 [裂心篇]』が刊行されてシリーズが完結した。これを機に、第1作の『風の陣 [立志篇]』から全5作を通して読んだ。
- 作者: 高橋克彦
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『風の陣 [立志篇]』は、天平二十一年(749)に陸奥から黄金が発見されたところから物語が始まる。
これまで辺境に過ぎなかった陸奥が、朝廷にとって宝の蔵に変わる。聖武天皇により仏教が日本全国に広められ、その後も仏教への加護が継続されたこの時代、仏の体を黄金に包むためにも、黄金の産出は大変な朗報だった。宝の出現を感謝して、年号を天平から天平感宝と改めたほど。
以降、陸奥と黄金とは切ってもきれない関係に。そして、蝦夷の人の生活を大きく変えていくことになる。
黄金を土産に帰京する陸奥守百済敬福の従者として、蝦夷の若者丸子嶋足(まるこのしまたり)は平城京に上る。それから8年が経過した天平勝宝九年(757)、二十三歳の嶋足は右兵衛府の番長を務めていた。市中を荒らし回った夜盗を退治して都で勇名をはせた嶋足は、蝦夷出身の官人として異例の出世をする。
衛士府少尉を務める坂上苅田麻呂に片腕として請われ、朝廷を震撼させた政変・橘奈良麻呂の乱に巻き込まれることになる…。
『風の陣 [立志篇]』のクライマックスは、橘奈良麻呂の政変で、その一部始終が蝦夷出身の若者・嶋足の目を通して描かれている。嶋足は歴史の傍観者としてではなく、陸奥で蝦夷をまとめる物部二風の息子・天鈴とともに、事件に裏で重要な役割を果たす。
橘奈良麻呂の政変については、梓澤要さんの『阿修羅』で描かれていて、興味を持っていた。違った視点から描かれたことで、事件を客観的にみることができた。
宿敵奈良麻呂を蹴落とす、権力者藤原仲麻呂の権力闘争の技。対比するように描かれる、剛の嶋足と知の天鈴、蝦夷出身の二人の若者の颯爽とした活躍ぶりが胸をすく。
「おまえは上の者のために働く。鮮麻呂は下の者のために生きている」
(『風の陣 [立志篇]』P.140より)
「鮮麻呂が風なら、おぬしは水か」
「水?」
「風のごとく気儘に動けぬが、上手く道がつけば大河となって海に注ぐ」
「なれるか? 俺が」
「川には泥も汚物も流される。それを乗り越えていけるなら」
(『風の陣 [立志篇]』P.141より)
嶋足に対して、天鈴が言った言葉である。
物語の各章には、ストーリーにちなんだ風の字が入る言葉が付けられている。
■目次
春疾風
熱風
追い風
光る風
風と水
破風
青嵐
颶風
風雲急
太刀風
風間
風待ち
解説 山内昌之