佐藤雅美(さとうまさよし)さんの『泣く子と小三郎』を読む。『影帳』『揚羽の蝶』『命みょうが』『疑惑』に続く、材木町の腕利きの岡っ引半次が活躍する「半次捕物控」シリーズの第五作目。本書は、タイトルにあるように、半次が疫病神と嫌う、蟋蟀小三郎(こおろぎこさぶろう)こと、越前丸岡五万石有馬家藩士の国見小三郎が大暴れする。
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北町奉行榊原主計頭が、さる道具屋から百両はくだらないという円山派の巨匠の絵が描かれた衝立障子を七十両で入手するが、同じ絵柄のものが播州姫路十五万石の酒井雅楽頭家にあるといわれ、偽物の絵をつかまされた疑いが出た。年番与力の佐久間惣五郎より、半次が手札をいただいている定廻りの岡田伝兵衛に、半次に偽物の絵を描いている犯人を挙げるように命じられた。
一方、丸岡に帰り、年貢を納めるようにおとなしくしているはずの小三郎が江戸に舞い戻り、七つ八つの襤褸をまとったくりくり坊主の子供を連れて、半次の前に現れ、うなぎを奢らせた…。
『命みょうが』でシリーズに登場した名物男の小三郎。半次が引っ張りまわされたり、余計な事件にぶち当たったりして、また二人のやり取りがボケとツッコミの漫才のようだったりして、物語をグンと面白くする存在だった。本書の冒頭でいきなり再登場してくれてうれしくなった。
飯や酒をねだるのはかわいいもので、対馬藩の御家騒動にかかわったり、半次が匿っていた若い武士に助っ人を売り込んだり、皆川道場の暴れ者の宮川周五郎に立合い勝負を挑み敗れたが、寸止めしたためと言い張ったり、小網町の水夫と人形町の火消しの若者同士の喧嘩に首を突っ込むことに。ますますパワーアップしてと八面六臂の迷走ぶりである。国許に妻子がありながら、料理屋の仲居として働くお内儀風の女・ちよ女に惚れて、半次に仲人を頼む場面もあり、やることなすこと無茶苦茶である。
およそ百年前、油屋の丁稚小僧だった重吉なる小僧が人通りのない神田橋御門と呉服橋御門のほぼ中間、鎌倉河岸沿いに豊島屋という葦簾張りのありふれた居酒屋を開いた。そこへたまたま御堀浚普請、堀に埋まっている土砂を浚うという普請があった。
小僧は目端が利いた。豆腐を大きく長方形に切って串にさし、味噌を塗って火にあぶった大田楽豆腐なるものを店先に並べた。
御堀浚普請はもとより力仕事で、人足は腹をすかせる。大田楽は羽が生えて飛ぶように売れ、ついでに酒も売れて店は大繁昌、いつしか小僧は葦簾張りの居酒屋を本普請にし、横へ広げて酒と煙草の小売店をもうけ、豊島屋重右衛門と重々しく名乗りも変え、ついにはあちらこちらと地面も買いもとめ、何代か後のいまの豊島屋は江戸で屈指の大商人になっていた。
(『泣く子と小三郎』P.318より)
白酒で有名な豊島屋さんの誕生のエピソードが紹介されていた。