北重人(きたしげと)さんの『蒼火(あおび)』を読んだ。前作の『夏の椿』は、江戸の情景描写、ストーリーテリング、キャラクターづくりと心理描写、どれをとってもすばらしい時代小説の傑作だった。今回の『蒼火』は、『夏の椿』より前に執筆された作品で、主人公は同じ立原周之介ながら、描かれている時代は前作より2年前の天明四年秋になる。
- 作者: 北重人
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周之介は、大御番衆の組頭を務める旗本立原左右衛門の妾腹の息子ながら、十六、七のころに無頼の道に入り、行跡が改まらないため、親類一同により座敷牢に入れられる。その後、大火事の起きたときに、祖母の指示で、座敷牢から出奔し、元鳥越町の彦十店で長屋暮らしをしている。周之介の生業は、刀の目利口利と、神田松枝町にある一刀流道場の師範代、そしてよろず調べ事、談じ事、揉め事の仲裁。
周之介は、なじみの呉服問屋藤屋喜平より、連続商人斬殺事件の探索を依頼される。被害にあった商人たちは、いずれも新しい商いが決まるかもしれないと、大金を持って出かけた末に、ばっさりと斬られて川に浮かんでいたという。喜平の用件が終えた後の酒席で、周之介は三味線と常磐津の師匠の市弥を引き合わせられる。市弥は、周之介の昔の遊び仲間の妹・奈津だった…。
「わしはな、そのとき、初めて見た。蒼い炎をな」
と、三左衛門は周之介をじっと見た。
「蒼い、燐のような火だ。人を殺した者は、蒼火を背負うというぞ。鬼の気よ」
『蒼火』(p.50)
犯人とおぼしき男を見かけた、飴売りの三左衛門は、こう周之介に話す。周之介自身も、かつて斬った男のことで悪夢をよく見る。
人を斬る一瞬の緊迫と、斬った後の悔悟が、血飛沫となって日々の隙間から噴き出す。周之介は人を斬って、じつは自分の心も斬ったのだ。心の底で、黒い血溜まりが揺れ、それが時折、沸えて表に噴き出す。そのとき、心がひずみ、激しい痛みが奔る。
ようやく心に蓋をしたと思っていた。が、今度の事件が、沈んでいた澱みをふたたび揺すったのだ。あれだけの人を斬って、なお熄まない男とはいったい何者だ。
『蒼火』(p.40)
犯人を追っていく主人公に、ハラハラドキドキして、サスペンスに満ちた時代ミステリだが、そのスリル感を出しているのがハードボイルドな文体にあるように思われる。この作品が時代小説として初めて、大藪春彦賞を受賞したのもうなずける。文庫の解説で縄田一男さんが触れていたように、大藪さんには、『孤剣』という時代小説作品がある。
- 作者: 大藪春彦
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 2001/02
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