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憎みきれない、妖怪鳥居耀蔵の密偵太十

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早瀬詠一郎さんの『早烏(さがらす) 裏十手からくり草紙』を読んだ。勉強不足で恐縮だが、早瀬さんの作品は今回、初めて読んだ。早瀬さんは、『萩大老』で200年に小説家デビューするかたわら、“岡本紋弥”の名をもつ古典浄瑠璃新内の太夫で、脚本家・放送作家としても活躍されていたそうだ。

萩大老

萩大老

早起きは三文の得というが、前の晩の暗い夜道に落とされたいろいろなもの、蕎麦の屋台のつり銭に、袂のほつれからこぼれ落ちる心づけといったものは、朝いちばんの早起きの者が独り占めしてしまう。

 烏の群れにも、早起きがいた。「早烏」と呼ばれるとびきりの早起きは、あらかた餌のおいしいところを先取りしてしまう。嫌うのは仲間だけかと思えば、吉原の女郎屋でも無粋なものとしていやがられた。朝寝を楽しもうとする吉原の客も女も、夜の明ける前から騒がれては堪まるものではなかった。

 ゆえに早烏を、他に先んじる働きものとは決して褒めそやさない。

(『早烏』P.15より)

物語の主人公の太十は、下総市川の真間で按摩をしている父と継母、義弟を十日前に火事で亡くした。盲人であり、人一倍火の用心に努めた父が失火するはずがなく、按摩のかたわら、金貸しをしていたことから何者かに襲われたと思っていた。犯人の心当たりも手がかりもなく、天涯孤独になり失意のまま江戸にやってくる。ふとしたことがきっかけで、旗本二千五百石で幕府目付役の鳥居耀蔵の用人藤川幸大夫から十手を預かることになる…。

鳥居耀蔵といえば、天保期を代表するヒール(悪役)。その耀蔵から私的に十手を預かり、密偵となる太十。この物語は主人公の太十のキャラクター造形が面白い。盲人の息子で夜道には慣れていて、誰よりも早起きが得意という太十。捕物小説によく見られる過剰すぎる正義感や人情はないが、かといって冷酷だったり、出世や金、色などの欲づくめというわけでもない、当時の普通の江戸時代人で、たまたま耀蔵の配下に組み込まれてしまったという設定。

一話読みきりの連作形式だが、痛快に事件を解決していくヒーローといったわけではないが、話を追うごとに天保という時代が浮き彫りになっていくのは興味深い。また、歌麿美人と声がかかる、浅草馬道で口入屋を営む・おもんの存在も物語に興趣を加えている。