鳥羽亮さんの『剣客春秋 濡れぎぬ』を読む。一刀流中西派の千坂道場を営む、千坂藤兵衛と里美の父娘が活躍する剣豪小説シリーズ「剣客春秋(けんかくしゅんじゅう)」シリーズの第四弾である。剣客の父と子が力を合わせて活躍する時代小説といえば、池波正太郎さんの名作『剣客商売』や佐伯泰英さんの「密命」シリーズなどが頭に浮かぶ。
- 作者: 鳥羽亮
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「剣客春秋」は父と娘というところがこのシリーズのミソ。十七歳のお年頃ながら女性らしいことには興味がなく、いまだ道場で修業を続けて、根結い垂れ髪、小紋の袷に小倉袴の男装で町を闊歩する。娘らしく超人的な剣の強さを見せないところが、ハラハラドキドキさせてよい。
さて、『濡れぎぬ』の物語は、武士に立ち合いを挑み、相手に抜く間を与えてから仕掛けるという、辻斬りが相次ぐ。一刀流の剣客の仕業と噂される仲、事件の目撃者は辻斬りが豊島町へ帰るかとつぶやく声を聞いた。岡っ引きなど町方の者は、神田豊島町の千坂道場主の藤兵衛に嫌疑をかける。そんな中で、千坂道場に謎の剣客が道場破りが現れた…。
藤兵衛にいわれない濡れぎぬを着せられ、心ない町の噂から弟子が次々と止め、道場の存亡の危機が訪れる。そんな窮地に里美と千坂父娘に深い恩義を感じる彦四郎らが、師の無実を晴らすために辻斬りの真犯人探しに乗り出すが、新たな危機が…。
ふたりの動きがとまった。大樹のような上段と巌のような青眼。微動だにせず、痺れるような剣の磁場がふたりをつつんでいる。
時が過ぎた。
朝の陽光が藤兵衛の切っ先に射し、光耀を反射た瞬間だった。突如、両者の間に稲妻のような剣気が疾った。
イヤアッ!
タアッ!
鋭い気合が大気を裂き、ふたりの体が躍動した。
次の瞬間、二筋の閃光が疾り、骨肉を断つにぶい音がし、ふたりの体が交差し、すれちがっていた。
一瞬の勝負だった。
(『剣客春秋 濡れぎぬ』P.264より)
鳥羽さんの剣豪小説の魅力は、登場人物たちが振るう剣技であり、そのチャンバラシーンの描写は圧巻である。また、もう一つの魅力はミステリー仕立てのストーリー展開であり、最後まで一気に読める。もやもやした気分をスカッとしたいときに、鳥羽さんの時代小説はお薦めである。
描かれている時代は、北町奉行が大草安房守高好の頃。大草自身も重要な脇役の一人として登場する。