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無頼の天才と奸臣の郡代が和算対決

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鳴海風(なるみふう)さんの『美しき魔方陣 久留島義太見参!』を読んだ。鳴海さんは、円周率の自乗の公式を発見した建部賢弘を描いた短篇『円周率を計算した男』で第十六回歴史文学賞を受賞したほか、和算(鎖国化の江戸時代に発達した日本独特の数学)の祖、関孝和を描いた『算聖伝』など、和算をテーマにした時代小説を描いてきている。サラリーマンのかたわらの執筆活動なので寡作だが、理数系でない門外漢が読んでも楽しめるものばかりを発表している。注目している作家の一人である。

円周率を計算した男

円周率を計算した男

算聖伝―関孝和の生涯

算聖伝―関孝和の生涯

美しき魔方陣―久留島義太見参! (小学館文庫)

美しき魔方陣―久留島義太見参! (小学館文庫)

『美しき魔方陣 久留島義太見参!』は、鳴海さんの初めての文庫書き下ろし和算エンターテインメント時代小説である。主人公の久留島義太(くるしまよしひろ)は、備中松山生まれの天才和算家。酒豪で欲がなく豪放磊落な生活を送る。将棋を指すときは、久留島喜内と称して、趣向を凝らした詰将棋の“曲詰”を披露した。駒が将棋盤の中心で左右対称形になる「詰め上がり」などが物語の中でも紹介されている。

物語は、久留島義太が旗本土屋土佐守好直のすすめで磐城平藩の登用試問に参加し、そこで和算家の松永良弼とその妹・芙蓉と親しくなる。しかし、磐城平藩には算学の力を使い政を我がものにしようとする郡代・大野三太夫がいて、その兄妹に姦計を仕組んだ。藩と親友の兄弟のために、義太が空前絶後の立体魔方陣勝負に挑む…。

(心根の優しい女だな)

 そう思いつつ行き過ぎながら、義太はふと娘の横顔を見てハッとした。額から鼻筋、さらに口元から頤にかけて、えもいわれぬ美しい線で結ばれていたからである。

 一瞬垣間見たその美しさを、義太は、無意識に三角形に内接するいくつかの円と直線の組み合わせでとらえようとした。弟子が持ち込んでくる問題には即座に解答が浮かぶ義太だったが、この娘の美しさに匹敵する図形の算題が咄嗟には思いつかない。

(『美しき魔法陣 久留島義太見参!』P.97より)

義太が運命の女性と出会うシーンだが、和算家らしい容姿の描写で何だか微笑ましくなる。

この物語がコーフンするのは、主人公の久留島義太が実在の人物であり、少ない史実から奇想天外な物語を導き出したところにある。義太をひいきにする旗本土屋土佐守は、赤穂浪士の討ち入りを助けた土屋主税の三男である。また、松尾芭蕉を経済的に支援した、鯉屋市兵衛こと、杉山杉風も義太を助ける人物として登場する。敵役の大野三太夫の悪漢ぶりが物語を面白くしている。少し頭を使うところもあり、知的好奇心をくすぐる良質のエンターテインメント時代小説である。次回作も期待したい。