荒崎一海さんの『おようの恋』を読んだ。「定町廻り捕物帖」とサブタイトルが付けられたこの作品は、荒崎さんの代表作「闇を斬る」シリーズでは傍役ながら主人公の鷹森真九郎を助ける重要な役回りの北町奉行所定町廻り同心・桜井琢馬を主人公とする物語である。「闇を斬る」シリーズが伝奇色の強い剣豪小説であるのに対して、こちらは人情味たっぷりの捕物小説だ。
- 作者: 荒崎一海
- 出版社/メーカー: 徳間書店
- 発売日: 2007/03
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログ (2件) を見る
物語は、江戸を五月雨がぬらす、文化九年(1812)五月三日から始まる。「闇を斬る」シリーズの第7作目の『孤剣乱斬』が同年の五月朔日で終わっているので、連続性を持って物語が展開していく。作品には、脇両替商の主人殺しを描いた「五月雨の影」、深川の十五歳になる娘ばかりを狙った連続かどわかし事件を扱った「神隠し」、連続夜鷹殺しの犯人を追う「風鈴蕎麦」、桜井自身が見舞われる刺客襲撃の謎を解く「おようの恋」の四つの話が連作形式で収録されている。
桜井琢馬は、六尺(約一八〇センチメートル)ちかい長身である。浅黒い顔は鰓がはり、切れ長な一重の眼は柔和にも刃にもなる。年齢は三十九で、定町廻りになったのは三十二のときであった。
一重の眼がほそくなる。
「藤二郎、なにがあった」
「殺しで」
「場所はどこでえ」
「本所三笠町の南割下水脇の通りだそうでやす」
(『おようの恋』P.10より)
琢馬が手札を渡す、霊岸島塩町の御用聞き藤二郎やその女房のおきく、北町奉行所の成尾半次郎など、おなじみの面々も登場する。しかし、鷹森真九郎は、琢馬の思いやりから物語ではなかなか出てこない。その辺の事情は物語の中でも触れられていて、琢馬の人情味あふれる性格付けが作品に爽快な読了感を与える一因となっている。
「闇を斬る」のほうの話が決着したような形になり、しばらく新作が期待しにくい状況なので、この新シリーズの誕生は、時代小説ファンとしては何ともうれしいところだ。