ジーンと心が温かくなる珠玉の時代小説

アドセンス広告、アフィリエイトを利用しています。
スポンサーリンク

安住洋子(あずみようこ)さんの『しずり雪』を読んだ。切なくて、それでいて後に心温まる余韻を残す時代小説に出合い、今、とてもいい気分である。

しずり雪 (小学館文庫)

しずり雪 (小学館文庫)

奢侈取り締まり――老中・水野忠邦の改革が始まり、贅沢品や娯楽品が禁止となり、作った者はもとより、売り買いした者もお咎めを受ける時代。蒔絵職人の孝太は、たちまち仕事がなくなった。その孝太のもとに幼い頃の友だちの作次がやってきて、旗本の婚礼道具に入れる贅沢品の文箱の仕事を持ってくる。禁令に触れる危ない仕事かもしれなかったが、「何よりも、納得のいく仕事がしたい」という孝太は「やらせてくれ、作次」と言ってしまう……。

 孝太は冷たい風に半纏の襟を寄せた。

(あいつ、人恋しいんだろうか)

 引き戸を開けると、味噌汁を温めているぬくもりが、孝太を包んだ。

(『しずり雪』P.30)

幼なじみの小夜と所帯を持ったばかりの孝太の心情が情感豊かに描かれていて、快い感動を覚えた。

この作品集には、ほかにも小石川養生所の定詰医師の高橋淳之祐を主人公にした、『寒月冴える』、昇り龍の刺青を背負った父を持つ小間物屋の女房おさとを主人公にした、『昇り龍』という2つの短篇市井小説と、藩庫の出納管理を行っていた父を失った、息子の祐真の青春を描く武家小説の『城沼の風』を収録している。

いずれも主人公が異なる独立した作品ながら、共通して登場するキャラクターがある。岡っ引きの友五郎である。彼が登場するがゆえに、捕物小説の趣きもある。

それぞれの作品では、人生の哀歓を静かで優しい文体で物語られているが、これが作者のデビュー作品集だそうだ。表題作の『しずり雪』で長塚節文学賞短編小説部門大賞を受賞しているが、うかつなことに三省堂書店で本書を手に取るまで、この作者のことも、作品のことも知らなかった。恥ずかしい。

作者の2冊目の単行本『夜半の綺羅星』も読んでみたくなった。

夜半の綺羅星

夜半の綺羅星