澤田ふじ子さんの『無頼の絵師』を読んだ。京の公事宿「鯉屋」に居候する田村菊太郎が難事件を人情味あふれる裁きで解決する「公事宿事件書留帳」シリーズの第十一集である。
- 作者: 澤田ふじ子
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2006/12/02
- メディア: 文庫
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収録されている最初の話「右衛門七の腕」は、菊太郎の恋人のお信が、祇園の元吉町に「美濃屋」という団子屋を開き、営業を始めたところから始まる。
…
「最近、新橋を東に渡った白川沿いの南角に、小さな団子屋がでけたんやてなあ」
「近くを通ると、甘醤油の垂れが炭火に焦げるええ匂いがして、思わず一串買いとうなるわ」
「それ、『美濃屋』いう団子屋やろ。なんでも三条の料理茶屋『重阿弥』と、大宮沿いの公事宿『鯉屋』の息が、かかってる店やそうやで。団子は美濃の醤油団子。飯の代わりに茶を飲んで食べられ、酒飲みには酒の肴にもなるわい」
…
と、近所の居酒屋の「よろず屋」で飯台に向かって酒を飲んでいる客たちも噂話をしているほどの繁盛振り。「よろず屋」の主・五郎兵衛は若いころ「重阿弥」に奉公していたこともあり、お信が「美濃屋」を始めるにあたり、いろいろ相談を受けていた。
さて、その「よろず屋」で、白髪混じりの髪に無精髭をのばした初老の男が、鰯の干物を肴にして、一人でちびちび盃を傾けていた。なにか身の廻りに、剣呑な雰囲気をただよわせる痩せた人物。八年前まで「重阿弥」で働いていた右衛門七(えもしち)である。もとは腕っぷしの強い料理人で、職業柄、女出入りも多く、賭場でも顔利きだった。「重阿弥」で仲居をしていたお絹に惚れて所帯をもち、二人の女の子に恵まれたが、八年前の火事で女房と二人の子どもを失い、京の町から姿を消していた…。
シリーズは、この陰影のあるキャラクターを迎えて、ますます人情味あふれる良質な話になっている。六話めの「穴の狢」でも、右衛門七が重要な役回りを演じている。
「公事宿事件書留帳」シリーズといえば、1月11日よりNHK木曜時代劇で「新はんなり菊太郎」の放送が始まる。こちらも見てみようと思う。