明治を舞台にした捕物小説と雅号

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坂口安吾の『勝海舟捕物帖』を読んでいる。冒頭の「読者への口上」で作者により明かされているように、この捕物帖は五段からできている。

勝海舟捕物帖 (人物文庫)

勝海舟捕物帖 (人物文庫)

第一段:泉山虎ノ介が海舟を訪ねて事件の説明にかかる

第二段:事件の説明

第三段:海舟が推理を披露する

第四弾:結城新十郎が真犯人を見つけ出す

第五弾:推理を外した海舟が負け惜しみをいう

パターンが決まっているので、安心して読み進められる。型にはまっているから陳腐な物語かというとそうではない。明治という時代を感じさせる事物、風習が題材として扱われていて新鮮である。

たとえば、「舞踏会殺人事件」では、鹿鳴館ばりの仮装舞踏会が描かれている。「密室大犯罪」では円朝時代の寄席が、「魔教の怪」では新興宗教、「ああ無情」では浅草六区の芝居小屋などが出てきて興味深く読める。

…この客間の次の小間が「海舟書屋」で元の書斎。南洲や甲東と屡々密話清話した歴史的な小部屋だ。

(『勝海舟捕物帖』「舞踏会殺人事件」P.10より)

前後に説明がなく、耳慣れない言葉「甲東」が出てくる。南洲は西郷隆盛の雅号として知られているが、甲東は大久保利通の雅号である。ちなみに海舟も雅号である。ほかに有名なものとしては、木戸孝允が「松菊」を、高杉晋作が「東行」を、井上馨が「世外」を使っていた。作者がとくに注を入れていないということは、この作品が書かれたころは、読書人の一般常識で説明するまでもないことだったのだろう。