乾荘次郎さんの『妻敵討ち 鴉道場日月抄』を読んだ。主人公は、江戸小石川の貧乏剣術道場、柳花館で病の道場主広川柳斎の代わりを務める師範代の高森弦十郎。
二十八歳の弦十郎は、信州高島三万石諏訪因幡守の家臣高森格之進の次男。十九歳のときに剣術修行のため江戸へ遊学に出て、強くなることに腐心した。柳花館で柳斎に出会ってからは、その人物に惹かれ、剣術への思いも一変し、以後柳斎を師と仰ぐようになった。師が病床を離れられなくなっても見捨てずに、道場に住み、師の世話をしながら暮らしている。
時は安政四年。開国、攘夷で揺れる世相の中で、通称、鴉道場と呼ばれる柳花館でも大きな事件が次々と起こる。
「妻敵討ち」では、門弟とその姉が胡乱な浪人に付け狙われる。その裏には意外な事情が隠されていた…。「手負いの鴉」は、道場の庭の楠に来ていた鴉が矢で羽を射抜かれる事件を描く。鴉道場にやってきた四十がらみの浪人の道場破りの狙いとは…(「道場破り」)。弦十郎は、道場の近くの安藤坂で三人の浪人者に因縁をつけられている大店の主を助けたが…(「毒蜘蛛」)。
貧しくても、鳥のように生き生きとして、自在に生きる弦十郎。時には自身の言動に思い悩むが、病床の柳斎の語る言葉で胸のうちにある黒い靄が晴れていく。弦十郎や道場の窮状を見かねて、なんとか助力をしようとする元門弟で若狭小浜藩の留守居役輔佐の山路鉱之助。登場人物たちの好ましく、武家の不条理や世間の厳しさを描きながらも、読み味のよい物語になっている。
剣術道場を舞台にしながら、流派名が出てこないのは新鮮である。弦十郎は何流なのだろうか? ともかく、第二作目の『夜襲』も読んでみよう。