今井絵美子さんの『雁渡り』を読み始めた。今井さんは、『鷺の墓』『雀のお宿』で注目される、新進時代小説家。前2作は瀬戸内の一藩を舞台にした、連作形式の武家小説。一転して、今回は江戸の日本橋北内神田の堀江町、小舟町、小網町の三町、通称照降町(てりふりちょう)を舞台にした捕物小説である。
下駄屋や雪駄屋と傘屋が軒を連ねる界隈は、一方が晴天を、もう一方が雨天を望むので、照降町と呼ばれた。
そこの自身番に集う人たちを中心に、人情味にあふれた物語がつづられている。随所に江戸の風習や事物がさらりと織り交ぜられていて、興味深く読める。
「駄目、駄目。廻り髪結いじゃ、こうはいかない。川向こうの立ち聞きさ。何度か試したことがあるんだけどね、一遍として、言う目が出た試しがない。あっ、気を悪くしないでおくんなさいよ。佐吉さんのことじゃないんだから」
百花の取り繕ったような言い方に、伽羅油の入った小瓶を取ろうとしたおたみの手が、ぴくりと止まる。
「佐吉は女の髪は結いませんから」
「だからさ、佐吉さんじゃないんだよ。新材木町の、ほら……」
百花は上総屋のことを言っているのである。
髪結いの別称を上総と呼ぶように、どういうわけか、髪結いには上総の出身が多かった。
(『雁渡り』第三話 猫字屋 P132より)
この本で、髪結いには上総(千葉)の出身者が多くて、そのために上総(かずさ)とも呼ばれることを知った。
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