河治和香さんの『秋の金魚』を読んだ。ヒロインの留喜(るき)が、江川家の侍医の息子肥田浜五郎と手代の息子松岡磐吉との間で揺れ動く様子を、幕末から明治の激動の時代を背景に描いた時代小説。
十数年前、父は乱心の果てに妻と一人息子を惨殺し、近隣の十名もの人々を殺傷した。乱心者の娘という烙印を押され、ただ一人生き残った留喜は、いつも周囲に気兼ねしながら小さくなって生きていた。その留喜にいつもやさしくするのが、江川家の侍医肥田春安の息子浜五郎だった。しかし浜五郎に心引かれながらも彼にはすでに妻がいる。やがて、留喜に江川家元締手代の次男松岡磐吉との縁談が持ち上がった……。
作者の河治さんは、別名で、映画のシナリオライターとして活躍された後に、日本画家で江戸研究家として知られる三谷一馬さんに弟子入りしたという経歴の持ち主。巧みな作劇術と確かな時代考証など目を見張るものがあり、デビュー作とは思えない良質な時代小説に仕上がっている。
この本を読むまで、浜五郎と磐吉が江川家の家臣として長崎海軍伝習所で学び、幕臣として日米修好通商条約批准書交換のために、咸臨丸で渡米する一行に名を連ねた実在の人物だとは知らなかった。その後二人は対照的な人生を歩むことになる。
浜五郎には同じく咸臨丸で渡米した福沢諭吉らと一緒に写った写真が残されて、当時の日本人離れした長身で切れ長の目をした、なかなか男前である。赤松大三郎(則良)や林董(三郎)、榎本武揚が脇役として登場し、勝麟太郎、福沢諭吉、森林太郎(鷗外)の名前も出てきて、明治という時代に興味を持たせてくれる作品でもある。
ちょうど、佐々木譲さんが『幕臣たちと技術立国 江川英龍・中島三郎助・榎本武揚が追った夢』を出されたところで、幕末における幕臣たちの果した役割を考えてみるのも面白うそうだ。
- 作者: 河治和香
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幕臣たちと技術立国―江川英龍・中島三郎助・榎本武揚が追った夢 (集英社新書)
- 作者: 佐々木譲
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