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地味ながら圧倒的な迫力の農民時代小説

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岩井三四二さんの『月ノ浦惣庄公事置書』を読み終えた。歴史的なヒーローは誰も登場しない、時代も室町中頃でなじみが薄く、土倉とか問丸、土一揆と聞いてもピンとこない。舞台は近江の琵琶湖北端の村で、農地をめぐる隣村との争いを描いた、おそろしく地味なもの。

しかし、こうしたハンディをものともせず、逆にオリジナリティーあふれる秀逸な物語に仕上げている。合戦シーンあり、男女の愛憎あり、親子の葛藤ありの面白ストーリー。そして、圧巻は月ノ浦惣庄の農民が密かに開墾した隠田をめぐる公事(裁判)へ至るプロセスのきめ細かさである。

そして、公事を争う隣村高浦に新しくやってきた代官源左衛門のキャラクター造形が見事。土倉沢田の奉公人(手代)でありながら、荘園の代官を務めることになった源左衛門は、無法の限りを尽くして、農民たちを搾取する。物語が進むに従ってエスカレートする、その横暴ぶりと、ふとした折に見せる人間性は見事。

この小説は「菅浦文書」中の「菅浦惣庄合戦注記」という史料をはじめとした論文や書物を参考に書かれたフィクションということで、リアリティーがあるのは史資料をきちんと読み込んでいるからなのだろう。

「一所懸命」という言葉があるが、土地をめぐる農民たちの執念、一途さ、したたかさがパワーとなってビシビシと読み手に伝わってくる。中世の生活を知るのにピッタリの本だ。岩井さんの作品は今後も追っていきたい。