稲葉稔さんの『武者とゆく』を読んだ。稲葉さんは、『ぶらり十兵衛 本所見廻り同心控』『肥前屋騒動 隠密廻り無明情話』『裏店とんぼ 研ぎ師人情始末』など、最近、書き下ろし時代小説を立て続けに発表して、注目される作家の一人。1999年に、坂本龍馬の暗殺の謎を追った時代小説『開化探偵帳 竜馬暗殺からくり』を読み、それ以来ずっと気にかかっていたが、新作が読めていなかった。
浪人と犬が主人公の時代小説ということで、面白そうな予感がして読み始めた。
肥後熊本藩の剣術指南役を解かれた桜井俊吾は、業平橋の近くの藁葺きのしもた屋を直して住み始める。四十路を越えた身で、静かな暮らしがしたいと、近所の子どもたちに読み書きを教える手習い所を開くことを決める。ある日、近くの北十間川の突き当たりで水の流れが止まる、〆切土手と呼ばれるところで、生後一、二カ月と思われる牡犬を見つける。母犬と兄弟を亡くし、衰弱していた子犬を家に連れて帰り「武者(武者)」と名づけて飼うことにした…。
最初、タイトルが「武士」ではなく「武者」だったので違和感を感じていたが、読み始めてすぐに飼い犬の名前とわかり、落ち着いた。武者は紀州犬の血を引いているが、雑種のようだ。
その年が暮れるころには「桜塾」も、すっかり近隣に馴染んでいた。
そして武者は、ほぼ成犬に近い体型となった。
ほぼ幼犬のころは、体毛はあわい茶だったが、色が濃くなっていた。胸から腹にかけては白い毛である。垂れ気味の左耳はなかほどから折れるように垂れているが、何か警戒するときにはぴんと立つ。右耳はいつもぴんと立っている状態だ。体長は二尺七寸余(約八十センチ)、体高は一尺七寸余(約五十センチ)、目方は五貫(約十九キロ)ぐらいだ。
(P.34より)
二天一流の遣い手である俊吾と賢い犬の武者が、事件を解決する捕物小説であり、近隣の人たちとの触れ合いを描く市井小説でもある。動物が出てくることもあり、読み味のよい物語だ。次回作も期待したい。
例によって作品の舞台を切絵図で辿ることにしたが、俊吾の住まいのある場所を特定できなかった。業平橋にほど近い、須崎町の飛び地ということだったが……。
俊吾は懐の書状をもう一度あらためて、業平橋を渡った。
そこは中之郷村と須崎村、小梅村の入会地となっている。川沿いを北に向かって一町ほど歩くと、そこは須崎村の飛び地であった。
めあての家は源森川に注ぎ込む曳船川に近いところに建っていた。
藁葺きのしもた屋。背後に竹林を背負い、五十坪ほどの庭がある。家は風雨に曝され、くたびれ切った竹垣で囲まれていた。
(P.21より)
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コメント
稲葉稔さんの『裏店とんぼ』(光文社)『糸切り凧』(光文社)もお勧めです。わたしは推薦します。