阿部牧郎さんの『艶女犬草紙(あでおんないぬぞうし)』を読み始めた。『後家長屋』『出合茶屋』に続く、「町之介慕情」シリーズの第3弾である。文政年間の大坂を舞台に、武士を捨て貸本屋泰平堂を営む町之介を主人公にした市井小説である。前2作が連作形式をとり、一話ごとに浪花女と町之介の色恋を描いていたが、今回は長編。
人の色と欲をテーマにしながらも、あっけらかんとしていてエロチックな感じをまったく与えないのは、作者の筆力と『好色一代男』の大坂という土地柄(登場する女性たちが倖田來未さんのようにエロかわいい)のせいだろうか。一歩間違えると下ネタになりそうな題材だが、良質のエンターテインメント小説に仕上がっていて安心して読める。
今回、町之介は、犬が縁で下宿(したやど)の若女将のリサと愛し合う仲になる。町之介は魚屋の多助とともに犬の口入屋(犬の仲介業)を始める……。
下宿とは、奉行所の正面に並ぶ、奉行所から呼び出された訴訟人、見届人(証人)の待合所のこと。飲み食いはできるが、宿泊はできない、時間待ちだけの施設である。
ところで、江戸時代は「大阪」よりも「大坂」の表記のほうが一般的で、時代小説では「大坂」の表記がほとんど。公文書で「大阪」が使われたのは明治初年からだそうだ。
江戸時代の大坂を描く時代小説というと、松井今朝子さんの『奴の小万と呼ばれた女』や築山桂さんの『甲次郎浪華始末 蔵屋敷の遣い』などがある。大坂について土地鑑がないせいか、地理的なイメージをつかみにくいが、独特の風俗もあって、大坂時代小説も楽しい。
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