安部龍太郎さんの『生きて候』を通勤中に読み始めた。安部さんというと、『信長燃ゆ』や『関ヶ原連判状』といった信長時代から江戸時代初期にかけての戦国時代をを描いた数々の傑作で知られる、時代小説作家。最新の歴史研究をベースに、現代的で奔放な発想と高い物語性で、信長好き、戦国好きのハートをつかんでいる。
『生きて候』は、徳川家康の謀臣・本多佐渡守正信の息子・本多政重を主人公にした歴史時代小説。物語の始まりは、秀吉時代(二度目の朝鮮出兵・慶長の役のころ)の江戸。当時の江戸は、徳川家康の領地として町づくりが急ピッチで進んだころ。
町屋や堀の建設が盛んに行われ、槌音の響かぬ日と土埃の舞わぬ日はないほどの活況を呈していたとか。良質の水が得にくかった当時の江戸では、町屋ばかりか旅籠にさえ風呂がない。そんな中で、伊勢与市という者が始めたものが風呂屋で、入浴料が永楽銭一文だったので、銭湯と呼ばれた。後に六百余軒を数える市中の風呂屋の嚆矢が、この与市風呂だと作中で紹介されていた。
当時の風呂は、石榴口(ざくろぐち)と呼ばれる低い戸口をくぐって中に入ると、薄暗い部屋に湯気がもうもうと立ち込めている。この頃にはまだ湯船がなく、床のすのこから湯気を送り込む蒸し風呂を用いていた。今のサウナ風呂のようなものか。
政治の中心地の京に視点を置くことが多いせいか、この時代の江戸を描く作品は少ない。本書で描かれる江戸の開発の様子や町の雰囲気が新鮮で、興味深く読むことができる。徳川家の江戸打ち入りを描いた作品としては、半村良さんの『江戸打入り』もおすすめ。
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