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南画と時代小説

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乙川優三郎さんの『冬の標(しるべ)』の主人公明世は、東国の八万石のある藩で、大番頭を務める末高家の長女として生まれる。幼い頃から絵を描くことが好きで、十四歳のときに藩内で南画(なんが)を教える青年絵師岡村葦秋のもとに入門する。南画は自由な心の世界に彼女を導く標(しるべ)となる。一人の部屋で墨をすり、筆を執るとき、彼女は最も幸福な娘だった。

明世は、絵の道に生きたいと思うが、やがて両親の強い希望で御側御用人の嫡男のもとに嫁ぐことになる……。女の一生について、真剣に考えさせられる作品である。

また、物語の中では、南画についてさまざまな事柄が描かれていて、門外漢にとっても興味深い。南画とは、南宗画の略で日本独特の言葉で、文人画ともいわれる。17世紀に中国で確立された概念をもとに、俳画から風景山水画、墨彩画、水墨画、茶席に合う茶掛け風の簡単な絵まで、幅広い範囲を示し、江戸時代に日本で独自の発展を遂げた絵画形式の一つ。

「没骨(もつこつ)」や「指墨(しぼく)」といった技法や「四君子(しくんし)」という用語、柳沢淇園、池玉瀾、田能村竹田といった有名画家の名前など、知的好奇心も満たしてくれる。

舞台になった場所は架空の場所だが、作品中で関宿藩の隣藩で八万石と書かれているので、古河藩土井家と思われる。地図で古河を見ると確かに「思い川」はあった。ちなみに「狭野川」は渡良瀬川ではなかろうか。

冬の標 (文春文庫)

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