『真剣 新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱』を読了する。ほとんどが通勤時間を利用しての読書だったために、少しずつ咀嚼するようにゆっくりと時間をかけて読んだ。そのせいもあり、毎日ワクワクしながら物語の展開を楽しめた。
新陰流の流祖で剣聖と呼ばれる上泉伊勢守信綱の波瀾万丈の生涯を描いた作品。物語を読み終えた後、あとがきでこの本ができるまでのストーリーが「プロジェクトX」に綴られている。物語を書こうと決めたとき、自身を含めて作者の周りに実に色濃く死の気配がまとわりついていたという。
『真剣』のテーマの一つに、死生観がある。
物語の終盤で信綱と立ち合った、十文字槍の始祖宝蔵院胤榮(ほうぞういんいんえい)は、
「生が終わって死が訪れるのではなく、死は常に生のなかで揺れる続けていたのや。生と死は、いつも、双子のように共にあった。…略…。人はただ生き続けるだけで哀しい」
と述懐している。
また、「兵法の極とは何かという答えには、未だ辿り着いておらぬ。されど、真に剣を極めれば、人は無用に人を殺めなくて済むのではないか。少なくとも、身共はそうありたいと願っている」とも言わせている。
戦国の世を舞台にしながら、なんという、生への賛歌だろうか。海道龍一朗という作家とその作品から目が離せない。
この傑作が生まれた裏では、すぐれた編集者や慧眼の書評家の存在もあったという。TBSテレビ「王様のブランチ」での松田哲夫さんによる紹介は見ていなかったが、北上次郎さんの解説は文庫の巻末に収録されている。『高麗秘帖』で彗星のように登場した荒山徹さんと並べて紹介されている。時代小説ファンにとって、どんな形容の言葉よりもある意味わかりやすい比喩であろう。
ちなみに、「小説新潮」2月号では、「謎と涙の時代小説」特集で、荒山、海道両氏をはじめ、松井今朝子さん、畠中恵さん、諸田玲子さん、北原亞以子さんらの新作が読める。
小説新潮
- 作者: 海道龍一朗
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